たぬきの話。

地理のイソベ先生の授業は脱線ばかりで、生徒にはとても人気がある。

脱線の行き先は、だいたい旅先のエピソード。

さすが地理学の専門家、目の付け所が面白くて、ハハハと笑った後にも何かが残る先生の脱線が、みんな大好きだった。

その日も教科書は「世界の気候」のページを開いたまま、先生は東京のウドンについて熱弁をふるっている。

…知らんやろ 東京のウドンのダシいうたらナ 真っ黒けでそらえげつないねんデ…

40年前の高校生は、旅行の経験も東京の知識も乏しかったので、へえーっと感心した。

せやせや キミらたぬきウドンて 分かるか?

???

教室全員の頭上に、大きな疑問符が浮かんだ。

大阪でタヌキといえばお揚げをのせたソバ。ソバをウドンに替えればキツネである。

たぬきウドンなどというものはそもそも存在しないのだ。

ソバ屋の品書きにたぬきウドンやら書いたあってやナ ビックリして聞いたんや そしたらナ…

イソベ先生はいたずらっぽい表情で、教室を見回した。

店のオバハン「アゲダマが入ってます」て言いよんねん…

先生は「アゲダマが入ってます」のところで鼻を天井に向け、すまして標準語を使ってみせたので、数人の生徒がくすくすと笑った。

ほんでアゲダマ、て何やと思う?天かすや!

教室中が、どっと沸いた。

大阪のウドン屋では、天かすは卓上に出してあり、好きなだけかけることができた。具が天かすだけ、というのは、つまり素ウドンなのである。

当時はコンビニも、ファストフードも、今ほどどこにでもなかった。

食べ盛りの大阪の高校生にとって、安くてお腹のふくれるウドンは、とても親しい食べ物だったのである。

今の高校生はたぬきウドンであんなにウケるだろうか。そう思うと、ちょっと寂しい。

たぬきうどん
(自慢されてもいっこうにピンとこないたぬきうどん)
 


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むかしむかし | コメント(3) | トラックバック(0) | 2017/09/20 11:30

ぼくすい話。

職場のお疲れ様会で、久しぶりの夜の街

予約の店に行く途中、夜道にほのぼのと、見たことのあるアンドンが灯っているのに気がついた。

民芸酒房というその店には、父がたまに連れて行ってくれた。

家を出て就職して、盆暮れくらいしか帰らない生活をしていたころ。誰でも携帯を持っている時代ではない。

ある日、ひょっこりと、父が職場に電話をかけてくる。

お前 今日ヒマか?

忙しいよ!

私用電話をとがめられそうで、上司を気にしながら、コソコソ小声で約束をするのだ。

約束の時間に少し遅れて暖簾を上げれば、紺絣の働き着のおねえさんたちが、口々に

おかえりなさい

と歓迎してくれる。

店の奥に目をやれば、父は必ず先に来ていて、おう、と手を挙げて見せた。

いつも同じ席、同じお酒を前に、常連らしい気楽な態度で、おねえさんに軽口を叩いたりなぞしている父は、いつも家で難しい顔をしている父とは、ちょっと違う人に見えた。

会ってたいした話をするわけでもない。

おい これウマいぞ

ウン

女の子が あんまり飲むなよ

ウン

そんな風に、いいかげん飲んで食べて、駅までをぶらぶらと歩き

おかーさんによろしくね

おう

なんて、いたって愛想もなく、右と左に別れる。そんなことが何回あっただろうか。

家族であの店に行った記憶はない。いつも父と私、2人だけだった。

父はすでに亡く、数えてみれば、あの頃の父と似たような年頃になっている私。

またあの暖簾をくぐってみたいような、そうでもないような、気がする。

ぼくすい



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むかしむかし | コメント(10) | トラックバック(0) | 2017/09/17 11:30

のぎさん話。

今はジャンケンといえば、日本中どこに行っても

さーいしょーはグー!

になってしまっているが、うちでは違った。

♪じゃんけん とてとて ほっかいどーは さーむいよ!

と、独特の節で歌い、「よ!」でグーチョキパーを出すのである。

子供の頃の刷り込みというのは恐ろしいもので、私はいまだに北海道と聞けば、反射的に寒い!と思ってしまう。

北海道が寒いのは事実としても、遠い関西で、なぜジャンケンのたびにそれを引き合いに出さねばならぬのか。不可解である。

もうひとつ不可解なのが「ニッポンのノギサン」だった。

母がちょっとした景気づけに歌う、しりとり歌。

♪ ニッポンの ノギサンが ガイセンす スメ メジロ … ♪

言葉の終わりがシリトリになっていて、最後に

♪ しんでもいのちがあるように ニッポンの … ♪

最初に戻って循環するのが面白く、イモートも加わった3人で、よく歌った。

ところが、「ノギサン」が分からない。

どういうニッポンの人なのか。ヒントは唯一「ガイセンす」のみ。

ただし、どういうわけかノギサンがヒゲの人であることだけは知っていた。

昔の親は子供の疑問にいちいち答えてくれるほどヒマではない。ガイセンするヒゲの人というのが、小学生の私に与えられた情報である。

だいたい、ガイセンって何なのか。

想像するに、センは線に違いない。ノギサンの仕事は、線をガイすることなのだ。

そして線といえば、電線に決まっている。

昔は電気の状況が悪くて、ヒューズもよく飛んだし、配線、断線といった言葉は、子供にも親しみがあった。

配線、断線、ガイセン。きっと似たものに違いない。

想像の中のノギサンは、うちに修理に来た電気会社の人とおなじ、グレーの作業服を着、ヒゲの顔に黄色のヘルメットをかぶっていた。

以来40年が経過。

もちろん今は、ノギサンが陸軍大将乃木希典だと知っているし、「凱旋」だって漢字で書ける。

しかし、頭の中でいったん電信柱にのぼってしまったノギサンを、おろすのは難しい。

ノギサンのいじっている電線には、もちろんスズメとメジロがとまっている。

のぎまれすけ
乃木 希典(のぎ まれすけ 1849.12.25 - 1912.9.13)


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むかしむかし | コメント(13) | トラックバック(0) | 2017/09/13 11:30

だらすけ話。

朝夕冷え込み始めたせいか、お腹の調子がよろしくない。お医者に行くほどではないので、クスリを飲んでおこう。

昔から、うちでお腹のクスリといえばダラスケである。

だらにすけがん

本来は陀羅尼助丸といい、まるで忍者映画の悪の親玉みたいな名前だが、じつに1300年以上前、修験道の開祖・役行者によって作られたといわれる、伝統ある和薬である。

実家では常に薬箱にあり、お腹が痛い、食べ過ぎて胃が重い、何か不調を訴えると

ダラスケ飲んどきなさい

なぜか厳粛な表情の父に言い渡されるのが常であった。

うちはあまり薬を飲まない家で、常備薬といえばダラスケと、母の頭痛薬くらいのものだった。

外用薬も似たようなもので、ダラスケの効かないケガや虫刺されなどは

オロナイン塗っときなさい

と片付けられた。

子供時代の私とイモートの身体は、外側はオロナイン、内側はダラスケで、だいたいなんとかなってきたのである。

仁丹より少し大きいくらいの小さい粒を、10粒入るサジですくう。

子供の頃は1杯で10粒だったが、今は2杯で20粒すくわなければならない。

白湯とともに口に含んだ途端、思わずウッと唸る苦さは、昔も今も同じだが

ダラスケ飲んどきなさい

と、重々しく言い渡してくれる声は、今は無い。

湯呑にお湯を注ぎながら、誰にともなく

…ダラスケ飲んどきなさい…

と、つぶやいてみた。



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むかしむかし | コメント(14) | トラックバック(0) | 2017/09/04 11:30

8.20話。

カレンダーを見たら、胸が痛いようなドキンとするような、妙な気持ちになった。

8月20日

それは50代の人なら、1度は気にしたことがあるはずの、会社訪問解禁の日、である。

今はどうなっているのか知らないが、30年ほど前には就職協定というものがあった。

デキる学生を他に先駆けて確保したい企業と、学業がおろそかになるのを恐れる大学が協定を結び、採用開始時期を決めていたのだ。

そこで決まっていたのが、 8月20日会社訪問開始、11月1日内定解禁の、2つの日付。

しかし、抜け駆けは人の世の常であって、企業と学生は春先から水面下で交渉を持ち、8月を待たずにほとんどの学生に内定が出る。青田買いというやつだ。

大っぴらに会社訪問できる8月20日は、実質的な内定式であって、すでに採用の決まった会社を形式的に訪問する日なのだ。

…とまあ、こんなことはどこにも書いていない、全部まことしやかに語られる口コミなのだった。

今のようにネット情報が豊富に採れる時代ではない。

学生たちは誰が言いだしたかわからない「常識」に振り回され、右往左往した。

そんな中、8月20日という日付だけが、刻み付けられたように、唯一動かないものだった。

就職活動は学業とは違い、努力したから良い、一定の点数をとればよい、というものではない。

何が基準なのか、誰のルールで戦うのか、わからないままに、選ばれるのを待つ不安と焦燥

経験したことのない緊張を強いられた、暑く長い数か月であった。

学生時代の試験の夢を、大人になっても見る、というお話はたまに聞くが、私の場合は試験じゃなく、8月20日なのだ。

新卒で入った会社は出産で辞めてしまったが、毎年この日が来ると、暑かったあの夏が、蘇る。

しゅうかつのいめーじ
(就活関連の写真の若者はなぜ皆ジャンプしているのか)



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むかしむかし | コメント(4) | トラックバック(0) | 2017/08/20 11:30
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