いためる話。

私は、野菜炒めというのがわからない。

野菜を炒めたものであることは分かるが、いくらなんでも情報量が少なすぎないか。

一口に野菜といっても、トマト、大根、トロロ芋、ほうれん草にゴーヤ、カリフラワーに茄子…さまざまある。

そのいずれかを選んで炒めました、では説明放棄と同じことだ。

今日は野菜炒めよ~

と言われても、

わーい!ママ、明日はホームランだね!

とは言いにくいのである

やはり青椒肉絲とかゴーヤチャンプルーとか、しっかりした料理名を聞きたい。

たまに行く定食屋に、肉野菜炒め定食というメニューがある。

肉という要素がよけいに加わるが、内容の特定はすこしも進んでいない。むしろ、不確定要素が増えている。

何の肉なのか、野菜は何なのかによって、料理の様相はまったく異なる。

ビーフストロガノフだって、回鍋肉だって、肉野菜炒めだといえばいえるのである。

それなのに、短冊状のハリガミ一枚見ただけで

肉野菜炒めください

と、当たり前のように注文できる人は、万が一ワニの肉をアーティーチョークと炒めたものが出てきても、平気なのだろうか。

やさいいため
(未だ内容の特定には至らない肉野菜炒め)



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もろもろ | コメント(8) | トラックバック(0) | 2016/01/21 10:26

くいぶく話。

家に珍しい食べ物がある時、居合わせるのはムスコではなく、ムスメであることが多い。

ムスメは食べることも好きだが、食べ物運がいいのである。

よそで聞いたことがないが、こういうことをうちでは食い福がある、と言う。

ムスメもムスコも小さかったとき、実家に泊まって、おばーちゃんが

さあ、おチビさんたちも寝たから…

と、いただきものの高価な果物を剥こうとナイフを構えたところで

ねーむーれーなーいー…

とか何とか言いながら、ムスメが起きてくる。

そんなことが非常に多かった。

逆にムスコは、美味しいものがあるのに居ない、ということの多い人である。

たとえばお客さんのお持たせのケーキを切ろうとすると、ムスコは友達と遊びに行っている。

その場の人数ピッタリに切り分けてしまい、ムスコの帰る頃には、箱だけしかない。

つまりムスコは食い福がないのだ。

赤ん坊の頃、外出中にムスコがベビーカーの上で寝てしまうと、ムスメと私は顔を見合わせ、しめしめとほくそ笑む。

ややこしいのが眠っている間に、お茶にしようというのである。

スースー寝息を立てるムスコをよそに、私とムスメは、いくつケーキやパフェを食べただろう。

ぺこちゃんさんでー
(ムスメの定番・ペコちゃんサンデー)

大きくなっても、食べ物に欲がないムスコだが、なぜか甘いものは好きである。

それは赤ん坊時代、鼻先を通過した数々のケーキやアイスの、潜在的な記憶かもしれない。



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ごかぞく | コメント(8) | トラックバック(0) | 2016/01/20 12:21

おすしの話。

その席は、寿司屋には珍しい円卓であった。

私はムスメと、それから俳優のタナベセイイチと、寿司を囲んでいる。

たなべせいいち

(→ 田辺誠一オフィシャルブログ

ハイ、この時点で、夢と確定。話を続ける。

お寿司は同じものが6つずつ、出前の一人前くらいの小さい寿司桶に入って運ばれてくる。

テーブルの真ん中に、穴子の握りが置かれて、さあ食べましょうと思うと、もう無い

ムスメとタナベセイイチは、私と目を合わせぬようアサッテの方角を見て、口をモゴモゴ動かしている。

チクショウと思ったが、まあいい。寿司はまだある。

次にマグロが来た。

なんですぐ手を出さなかったのかわからないのだが、とにかくしばらく目を離しているうちに、また無い

ムスメとタナベセイイチは、何も知りませんよ、という顔だが、口元はモグモグしている。

ムラムラと怒りがこみあげて、立ち上がり、カラの寿司桶をガシッとつかんだ。

アンタたちね!6つあったら、一人2つでしょう!なんで3つ食べるの!

怒鳴りながら、タンバリンのように持った寿司桶で、ガシガシとテーブルを叩いた。

起きたら、奥歯を噛みしめていたらしく、肩が凝って、眉間にシワが寄っていた。

夢の中でも 怒ると疲れるわぁ~

朝食を食べながら、ムスコに言ったら、

3人で寿司食ったの?オレも呼んでくれよぉ~…

だから夢の話だって。



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ごかぞく | コメント(8) | トラックバック(0) | 2016/01/19 10:44

かいうん話。

また、セイコ先生からハガキ…

外から帰ったムスコが、ニヤニヤしながら郵便物を食卓に投げ出す。

DMと不動産屋のチラシに混じって、ハデな黒と金色のハガキ。

景気のいい筆文字で、新春開運画頒布会とある。

トラの絵を買うと、商売繁盛家内安全その他あらゆるご利益があるらしい。

もちろんそんな売り文句を信じはしない。

描いたのがどこにでもいる50のおばちゃん、私の幼馴染のセイコちゃんだからだ。

セイコちゃんとは同じ町内で生まれた。

はしっこくて、ゴム飛びがうまいけど、時々ズルをするセイコちゃんとは、仲良く遊んだり絶交したりしながら大きくなった。

幼馴染によくあるように、中学高校と進むにつれ別の友達ができて、疎遠になっていった。

私も実家を離れ、賀状の交換だけが続くうち、突如ヘンテコなハガキが来たのだ。

セイコちゃんは、音はそのままに、聖なる虎というご大層な名前で、開運画を描く先生になっていた。

どこをどう転がって、そういうことになったのか。

子供の頃絵がうまかったわけでもないし、美術教育を受けたとも聞かない。

だいいち、ハガキに印刷された絵は、とんでもなくヘタクソなのだ。

こんな絵でお金を取ろうなんて、ずうずうしいにもほどがある。

しかし、世の中にはお金が余っている人がいて、こんな絵も一定の需要があるらしい。

以来、年に何度かの頒布会の案内が舞い込んでくるようになった。

セイコ先生の絵は一向に進歩しない。

龍虎図と銘打たれたハガキの裏面では、皮膚病のノラ猫が脱皮途中のアオダイショウを押さえている。

タメイキをつきながら引き裂いたハガキを、ごみ箱に捨てた。

りゅうこ
(この人は間違いなく龍虎)


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もろもろ | コメント(8) | トラックバック(0) | 2016/01/18 10:05

こうべの話。

カガさん一家があの日あそこにいたと知ったのは、知り合ってしばらく経ってからだった。

うちのムスメとカガさんのマリちゃんは小学校の同級生。

細面の美少女マリちゃんと、ぷっくり丸顔のムスメが、赤いランドセルを背負い、並んで登下校する様子はとてもかわいらしい。

母親同士もすぐに打ち解けてお友達になった。

ええっ?カガさん、神戸にいたの?

そうよ、ここに来る前、マリコが赤ちゃんの時ね…

カガさんとご主人は九州出身だが、転勤族でそれまでも全国の社宅をあちこちしていた。

夏に生まれたマリちゃんを、郷里のご両親に見せようと、お正月に帰省して戻ってほどなく、あの震災に遭った。

じゃあ、大変だったんじゃないの?

うん… そうなんだけど…

家財は床にぶちまけられ、水が出ず、電気がつかず、不安で母乳がとまった。

カガさんご夫妻はマリちゃんの健康を考えて、徒歩で脱出した。

小さいマリちゃんをおんぶして、朝早くから丸一日歩いて、大阪吹田の親戚の家まで。

私、覚えてないのよね…

え?道を?

違うの… 震災の日… 三日くらい、記憶がないの…

マリちゃんを中に夫婦肩を寄せ、眠らず過ごした夜。

線路伝いに40キロ以上、ほこりだらけになって歩いたこと。

少し落ち着いてから、気づけばなにも思い出せないのだという。

マリコにも時々聞かれるんだけどね、「パパに聞きなさい」って… ハハハ… 変でしょ?

カガさんは、屈託ないきれいな笑顔を見せた。

震災の記憶を風化させるな、などと言われるけれど。

フィルムに残った記憶の陰には、恐ろしすぎて、つらすぎて、忘れられた無数の記憶がある。

あれから、21年。

117のつどい



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ごきんじょ | コメント(8) | トラックバック(0) | 2016/01/17 11:33

いちじの話。

今日から大学入試センター試験がはじまる。

世代的につい共通一次と言ってしまうが、調べてみると共通一次試験の実施期間は10年ほどで、センター試験となってからのほうが長い。

私が共通一次を受けたのも、30年以上前のことになってしまった。

18歳の私は、苦手な日本史の勉強が全然進まないまま、試験前日を迎えた。

もはや悪あがきもならず、せめてもと鉛筆をピキンピキンにとがらせていると、母がやってきて言った。

明日は寒いから、ブーツ履いていきなさい 

ええ~、いいよ、普通で…

自分ではいつも学校に行くような服装で行くつもりだった。

いくら寒い日とはいえ、当地は気候温暖な近畿地方である。

冬の旅行のために買ってもらったキルティングのブーツはオオゲサに思えた。

試験会場が冷えたらどうするの!頭寒足熱でしょ!

そう言われるとそんな気もして、私は言われるがままにブーツを履き、ブーツに合うズボンをはき、それに合うジャンパーを着て、受験会場に出かけた。

到着してみると、他の受験生は、制服にコート、ソックスにローファーがほとんど。

山深い田舎からはるばる出てきたかのような、私の服装は目立った。

センター試験のニュースを見ながら、そんな思い出を話すと、おばーちゃんはなんと

なに言ってるの!足が冷えるからブーツ履いてくって聞かなかったのはアンタよ!

と言うではないか。

頭寒足熱とか、屁理屈言ってさ…

これではまるで逆だ。

わずか30年ほどで、当事者の記憶がこれだけ食い違うのだから、歴史は難しいはずだ。

やっぱり、日本史は苦手である。

わらぐつ
(「センター試験に行ってきま~す」)



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むかしむかし | コメント(10) | トラックバック(0) | 2016/01/16 11:33

せいじん話。

昔は成人の日は1月15日に決まっていたが、今はフワッとこの辺の月曜日、みたいな感じ。

日程と同様、式典の類もユルイ感じになってるのかな、と思ったら、そうでもないらしい。

各地の成人式の映像を見たら、昔と同じような窮屈な式が、大マジメに行われている。

そして、不良の皆さんも、大マジメに式典を乱す迷惑行為をやっているようだ。

不マジメな私は、不良ってマジメだなあといつも思う。

私の通った田舎の公立中学には、一定の比率でわかりやすいタイプの不良がいて、いかにも不良らしい風体をし、いかにも不良らしい言動で、先生やクラスメートを困らせていた。

一日中、誰が見ても一目で不良と分かる様子でいるのはさぞかし面倒だろう。

それより感心したのは、不良がきちんきちんと学校に来ることである。

学校や先生が気に入らないなら来なきゃいいのに、遅刻はしても必ず学校にやってくる。

そして校内を巡回する。

あれと同じマジメさを、成人式で暴れる赤や黄色の紋付の不良にも感じる。

気に入らないなら来なきゃいいのに、わざわざお金をかけて衣装を調え、朝も早よから起きだして、はるばる会場までやってくる。

その労力、意欲が不思議である。

三十数年前の成人式の朝、私は実家の二階で寝ていた。

母が下から

今日成人式よ~ どーすんの~?

と声をかけたら、

ねー むー たー いー …

と返事をしたきり、昼過ぎまで起きてこなかったそうである。

このような人間には、不良は務まらないのである。

あれるせいじんしき
(早起きでマジメなみなさん)



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てれびじょん | コメント(12) | トラックバック(0) | 2016/01/15 11:15

かれーの話。

誕生日が近づくと、ムスコに何を食べたいか聞く。

うちの食卓には私の専制が布かれており、原則子供の希望は聞かない。

しかし誕生日だけは、採算や栄養面は棚に上げ、食べたいものを作ってやることにしている。

食べたいものイコール豪華な食事とは限らない。たとえばムスコの10歳の誕生日ディナーは、タケノコご飯とアジの開きであった。

さて今年はどうするか。

カレー… マジのやつ…

なるほど。

うちのカレーには、フツーのとマジのやつ、2種類ある。

フツーのカレーは、主婦歴二十数年の経験を活かし、冷蔵庫の中身で反射神経で作るもの。

かつて何も考えずに作ったナメコ入りのカレーの激マズ体験も、記憶に新しい。( → かくんの話。 )

それに対して、マジのやつは、心構えが違う。朝起きると

さあ、カレーを作りましょう

と思って、カレーのための材料を買い、カレーを作っていることを瞬時も忘れることなく調理に臨み、カレーとして美味しく作るよう努力して仕上げるのである。

特に材料を奮発するわけではない。やる気こそ加わるが、やること自体は実は大差ない。

それなのに結果には大差が出るのである。

若いオンナがオトコに作る料理に

愛情たっぷりでぇ~す

なんて薄っぺらく言ってるのを見ると、

愛情でメシが炊けるかバカ

とヒヤヤカな視線を向ける私だが、愛情はともかく、やる気が味に影響するのは確かだ。

さて、では、愛するムスコのため、なけなしのやる気を奮うことにしようか。

かくん2
(念のため再度注意喚起しておく)



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ごかぞく | コメント(6) | トラックバック(0) | 2016/01/14 11:19

ことりの話。

久々に、ホームセンターで買い物。

昔はホームセンターというとDIY材料や園芸用品だけだったが、今は日用品や食品も扱う。

スーパーでも買えそうな商品ばかりの棚の間を歩いていたら、見たことないものを見つけた。

ホワイトソースである。

缶詰なら珍しくもなんともないが、なんとペットボトルに入っている。

醤油やダシの類のペットボトル詰めはたまに見るが、ホワイトソースは初めてだ。

あんな粘りけのあるもの、チューブならともかく、ペットボトルでは出しにくいだろう、と思って手にとると、

ホワイトソー

ありふれた炭酸飲料であった。

まあ、こんな見間違いはしょっちゅうあることなので、特に驚かない。(→ まちがう話。 )

買い物を終えて出ると、頭上の電線に小鳥がとまっている。

ことりさん1

そうそう、ここはいつも小鳥がいるんだよね。木の多い公園に隣接してるからかしら。

今日は時間があるので、ほのぼのとした気持ちで、立ち止まって見上げた。

ん?

ことりさん2

小鳥じゃないじゃん!

なにこれ、ネジ?

ってか、前に見たときもネジだったわけ?

木の多い公園、関係ねーし!

ホワイトソースの比じゃなく、芯からガッカリして、疲れがドッと来た。



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もろもろ | コメント(10) | トラックバック(0) | 2016/01/13 11:12

めんきょ話。

免許の更新に行ってきた。

そう、私はなんと運転免許を持っている。

しかも、30年以上無事故無違反のゴールド免許

それもそのはず、私は19の年に免許を取って以来今日まで、まともに運転したのは3回だけという、ペラッペラのペーパードライバーだからである。

私が免許を取ったころ、実家には自家用車があった。

ところが、小さな事故をきっかけに、運転に嫌気がさした父が、いきなりクルマを処分してしまったのだ。

運転できるクルマをなくした私の免許は、いきなり宙ぶらりんとなった。

以来様々な要因から、クルマに積極的になることもなく今日まで来た。

しかし、バイト料20万円近くを投じた免許証は、私にとっては高価な財産。

期限が来るたびにきちんと更新し、大切に携帯している。

優良運転者と呼ばれるとこそばゆいが、なにしろ運転を全くしないのだから、これほど安全なドライバーはいない。

しかし、こんな人間に30分の講習でホイホイと免許証を交付してしまうとは、考えてみると恐ろしいことだ。

今、この瞬間、私がクルマを運転しても、法的には咎めることができないのである。

キャリア30年のペーパードライバーの危険さは、昨今話題の高齢ドライバーに勝るとも劣らないであろう。

そう、私は安全どころか、危険な女、歩く凶器なのだ。

関係当局においては、まかり間違って私が運転を志さないよう、公共交通網の整備に今後も努めていただきたい。

めんきょしょう
  (私は「要眼鏡等」)


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もろもろ | コメント(20) | トラックバック(0) | 2016/01/12 09:56
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