ぱんすと話。

夜になってから、明日はちょっとオシャレをしなければならないことに気付いた。

この、オシャレ、というやつが私は大の苦手なのである。

正装ならば、ルールにのっとってキチンとすればいい。

あるいは仮装ならば、ウケる格好をすればいい。

しかし、オシャレをする、となると、どうしていいものやら途方に暮れてしまう。

考えた挙句、とりあえずスカートをはいていこう、と思った。

私はふだんほとんどスカートをはかない。一番最近はいたのは、ムスコの高校の入学式だから、もう2年以上前だ。

スカートをはいた私を見た人はきっと

アラ、珍しい 今日はスカートなのね

と、オシャレと感じないまでも、一定の希少価値は認めてくれるのではなかろうか。 

クローゼットから厳重にホコリ除けをしたスカートをひっぱりだす。

サイズはなんとか大丈夫そうで、ホッとしかけたが、まだ考えないといけないことがある。

女性なら皆ご存知のことであるが、スカートか、ズボンか、で、下着類も違う。ふさわしい肌着があるか、確認せねばならない。

引き出しをかき回して必要なものを探していて、大変なことに気付いた。

パンストがない。

パンティストッキング略してパンストは、スカートをはく時には必須。

10代のすべすべの脚なら、ナマ足も美しいが、50代の女には許されない暴挙である。

いま私の引き出しにはこの4足。

・喪服用の真っ黒
・デンセンのあるもの
・ヘンな緑色のもの
・サイズの小さいもの


黒や緑は論外として、試しに小さいのを穿いてみたが、中途で止まって、どう引っ張っても上がらない。

念のため歩いてみると、ワニワニ…と何かをはさんだような、内股でもなく小股でもない、世にもヘンテコな歩き方になった。

コンビニにも、若いOL向けのMサイズばかりで、私のような大女のサイズはないのである。

どうやら明日のスカートはあきらめざるを得ないようだ。

オシャレ問題は解決しないまま、夜は更けていく。

おしゃれどろぼう
(おしゃれ泥棒のストッキングはさすがにオシャレ)



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もろもろ | コメント(14) | トラックバック(0) | 2016/08/31 10:20

せびろの話。

夜半まで降り続いた雨がやんで、当地ではひんやりした風の吹く、爽やかな朝になった。

テレビを点けると気象情報が、上陸しそうな台風のニュースを伝えている。

しばらく見ていたら、知った顔が映った。

友達のミッチョンのご主人は、お天気関係のお仕事である。

最近エラくなったため、裏方から、テレビのマイクの前で発表する係になったらしい。

ふだんはニコニコして優しい人だが、難しい顔をしてしゃべっている。

深刻な状況だから当然なのだが、大変な災害の予想を淡々と事務的に言われると、冷酷無慚な人に見える。

それはそれとして、さっそくミッチョンに見たよ!」の電話をしなければならない。

番号を押すと、すちゃっ!と素早く電話が取られ、ミッチョンの声がいきなり

セビロの話はしないでよ!

と言うのでビックリする。

確かに、テレビで見たご主人は、植木鉢みたいなヘンな色のセビロを着ていた、私もその話をしようと思っていたのだ。

もー、朝からみんな、セビロの話ばっかし!

聞けばそのセビロは、ミッチョンが子供と出かけた日、ご主人が勝手に買ってきたのだそうだ。

いつもの作業着で出ればいいのにさ!趣味ワリいくせに、ハリキっちゃってさ!

ミッチョンは、プンスカ怒っている。

あ、あと、アタマの話もしないでよ!

確かに、ご主人の頭髪は、しばらくお会いしない間に、寂しげに様相を変えていた。

いちばんしたかった話を二つとも止められてしまったので、話すことがない。

しばらくモニャモニャとどうでもいい話をして、電話を切った。

ならけんないのにゅーす
  (以上、奈良からお伝えいたしました)



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てれびじょん | コメント(8) | トラックバック(0) | 2016/08/30 10:33

まじっく話。

朝食に、玉子と一緒に食べようと、ソーセージの袋を冷蔵庫から出す。

フライパンを温め、袋の封を切ろうとして手が止まった。

こちら側のどこからでも切れます

まじっくかっと

マジックカットというやつだ。

10年ばかり前か、はじめてマジックカットを経験した時はけっこう感動した。

V字のキッカケがなくても、本当にどこからでも切れるのだ。

わざわざ、普通は切らないような袋のまんまんなかで開けたりして、マジックの、マジックたるゆえんを楽しんだ。

ところが最近、どうもマジックでないマジックカットに遭遇する。つまり

こちら側のどこからでも切れます

といいつつ、こちら側のどこからも切れないのである。

どこからでも切れるはずのこちら側のどこをひっぱっても切れず、やむなくどこからも切れないあちら側からハサミを入れたりして、何か割り切れない。

どうやらマジックカットの普及と軌を一にするようだが、技術は広まると劣化するのだろうか。

最近では

こちら側のどこからでも切れます

とあるのを見ると、

おいおい、どこからでもって、ホントか?

と、うっすら疑念すらきざすようになってしまった。

なんによらず、あまり安請け合いすると、逆に信頼を失う、という良い事例ではないだろうか。

きっぱりとキッカケを作り、

ここからお切りください

と、謙虚にお願いする従来の切り口のほうが、よほど頼もしく思える、最近の私である。

ここからおきりください
(ハサミの絵がつつましくも頼もしい切り口)



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もろもろ | コメント(10) | トラックバック(0) | 2016/08/29 10:47

じじばば話。

今日もバス。

住宅地の停留所で乗り込んできたのは、70代後半くらいのご夫婦だ。

お買い物だろうか、それぞれに手提げを持っている。

小柄なオバアサンが目ざとく1人分の席を見つけ、荷物を置くと、夫に向かって手招きした。

ほら、オトウサン、座ったら…?

要らん

オジイサンはむつかしい顔だ。

しかたなくオバアサンは荷物をどかして、自分が腰かけた。

バスが走りだすと、オバアサンは前に立つオジイサンのカバンの持ち手をひっぱり

ほら、オトウサン、持ってあげる…

要らん

オジイサンはオバアサンの手をふりほどき、遠いほうの手にカバンを持ち替えた。

モゾモゾしていたオバアサンが、やおら手提げの中から巾着袋を出し、今度は

ほら、オトウサン、アメ

懲りずに勧める。オジイサンが

要らん

と言うのは、赤の他人の私にも、もはや明白に思えた。

矢継ぎ早に3度も断られ、気分を害したかと思いきや、オバアサンは案外ケロッとしている。

オジイサンも、別段腹を立てているわけではないらしい。

妻があれこれ提案し、夫はそれを逐一断る。それがこのご夫婦が長年作りあげてきたスタイルなのである。

そういえば私の父母も、外で偶然二人連れの時に会うと、どっちも怒ったような顔でいるので

あれ?ケンカしてんの?

と聞くと、示し合わせたように

別に…

別に…

と答えたものだ。

バスを降りたら、まだ赤くない赤とんぼが、中空に、ピンでとめたように浮かんでいる。

独身の私には届かぬ境地だが、夫婦って不思議なものだなあ、と思った。

あかとんぼ



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ごきんじょ | コメント(8) | トラックバック(0) | 2016/08/28 10:45

どこでも話。

炎天のバス停から、冷房の効いたバスに乗り込み、ホッとして吊革につかまると、目の前に広告があった。

🌼夏休みどこでもパスのご案内🌼

どこでもぱす

毎年この時期に売り出される、小中学生向けの優待パスだ。このパスを購入すれば、夏休み中、この会社のバスなら、どれでもこのパスを見せるだけで乗れる。

この土地に引っ越してきたとき、ムスメは中学生、ムスコは小学生だった。

離婚して、3人家族になって、初めての夏。

夏休みらしいことをしてやりたくても、お金がなくて、そうアチコチしていられない。

そんな時このパスを知って、思い切って購入することにした。

小さな顔写真を貼りつけたパスを持って、どこに出かけたのだったか。

ショッピングモール、ファミレス、映画館、街の本屋…

乗ったことない路線に、どんどん乗って、行ったことのないところに行く。

パスを見せると割引になるハンバーガーショップもあった。

人が集まる場所に行けば、父親と仲良さそうな、よその家族を見て、憂鬱になることもある。

出かけるのがちょっと億劫になった時、このパスが私たちの背中を押してくれた。

夏休みが終わっても、角のヨレたパスがなんとなく捨てられなくて、名刺入れにしまった。

ムスメは大学生、ムスコは高校生になったけれど、期限切れの2枚のパスは、今でもまだ、私の名刺入れの中。

カードに貼りつけた小さな写真の二人は、よく似た丸顔で笑っている。



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ごかぞく | コメント(10) | トラックバック(0) | 2016/08/27 10:53

えっせい話。

オバサン向けの番組のゲストに、中年の女優と並んで、50代のエッセイストが出ていた。

20代の頃、就職活動の体験記でデビューした人だ。

男女雇用機会均等法の施行のころ、世の中はバブル景気に沸き、就職は売り手市場。

企業の採用に当たっては、就職協定というものが存在した。○月○日までは学生と企業は個別に接触してはならない、などと、決まりがあった。

しかし、実際はその下をかいくぐって、活発に採用活動が行われていた。よくある話である。

筆者の彼女は、その有名無実の就職協定を信じ込み、就職活動に出遅れた。その挫折と憤懣を描いて、話題になったのだ。

同世代には、興味をもって彼女の本を手にした人が多かったが

結局、自分がボンヤリしてたってだけの話でしょ

友達がいないんじゃないの

自分だけがマジメで、うまくいった人はズルいみたいな書き方はムカつくわ

と、私の周囲の評価は散々であった。

著書の中の彼女の仮想敵は、クリスタル族と呼ばれる女子大生たち。

ちょうどその頃、ブランド物に身を包み、業界の人と交流し、才気と美貌をちやほやされて、華やかに世の中を渡っていくヒロインを描いた小説が流行ったのだ。

その流行に乗った女子大生はクリスタル族と呼ばれ、小説は映画化もされた。

クリスタル族は、コネと学閥で、広告代理店だの商社だのに、スルスルと就職したらしい。

もちろん、この時期に就職できた人が、みんなクリスタル族だったわけではない。

地味でビンボーで容姿に恵まれない女子大生にとってこそ、就職は深刻な問題である。だから、セコセコ情報交換をし、噂に振り回され、時に眠れぬ思いをしながらガンバッたのだ。

しかし、そんな大多数のフツーの子には、彼女は関心がなかったようである。

時は流れて今、画面の彼女はネコナデ声で、自分の老後への備えについてなど語っている。

隣でニコニコしている中年の女優を見て、ハッと気づいた。彼女こそ、クリスタル族の映画で、ヒロインを演じた人ではないか。

クリスタル族をこきおろして有名になった人と、クリスタル族を演じて脚光を浴びた人。

この配置の妙にニヤニヤできるのも、同世代のフツーの女ならでは、だろう。

くりすたるひとしくん
(こちらはクリスタルひとしくんです)



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てれびじょん | コメント(4) | トラックバック(0) | 2016/08/26 10:35

てりふり話。

日傘にポツン、と雨粒の気配がした。

予報は終日晴れだが、ガマの妖怪でも現れそうな、湿っぽい風が巻いて、アヤシイ雲行き。

関東東北の豪雨のニュースと対照的に、ここ関西はもう何日も雨が降っていない

そろそろ降ってもいいよね。

出る時に空を見て、晴雨兼用の日傘にしたので、降っても平気である。

同じ降るなら、外にいるうちに降ればいいな、涼しくなるから。

しかし自分の足元を見て、マズい、と思った。

今日の革のサンダルは、濡れたら色が変わってしまう。まだ新しいし、けっこう高かったんだ。

やっぱり、降っちゃ困る。

でも、もし降っても、雨が吹き込む廊下の窓は閉めてきたから、大丈夫。

降ったらベランダの鉢植え、水やりしなくて済むしね。

あ、でも、洗濯物をたくさん干してきちゃった。

考えながら歩いていたら、だんだん自分がわからなくなってきた。

雨が降ってほしいのか、それとも降ったら困るのか。

ジグザグと考えが行き来して、まとまらない。暑さで頭がぐるぐるする。

混乱したまま駅に着いて、雨でも晴れでもない空の下、傘を畳んでコンコースに入った。

てりふりにんぎょう
(イモートのドイツ土産のてりふり人形)



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もろもろ | コメント(6) | トラックバック(0) | 2016/08/25 10:24

らくてん話。

ブログやホームページを見ていると、通販の広告が表示されていることが多い。

商品に興味を惹かれてクリック、購入すると、なにがしかの利益が掲載主に入るのだろう。

今まであまり気に留めていなかったのだが、誰にでも同じ商品が出ているわけではないらしい。

気づいたきっかけは、休日に防災用の寝袋を検索したことだった。

寝袋といっても、恐ろしいほど多種多様な製品が存在する。

アウトドア用、防災用、おふざけ商品に至るまで、様々な寝袋を面白がって見たあと。

らくてん

6つ表示された中に、二人用の寝袋(要らん!)と、オタク用の抱き枕(もっと要らん!!)が含まれている。

PCの中の何かの機能が、私のことを寝袋が欲しい人、と認識したのであろう。

なんとなく面白くなくて、憮然とする。

なぜかアニメのフィギュアも表示されていて、寝袋とフィギュアが欲しい女だと思われていると思うと、さらに気分がよろしくない。

むくれながら、広告の左上に目をやってギョッとした。

裸の下半身としか思えない物体。

いったい私は、どんなおゲレツワイセツな人間だと思われているのだろう。

憤りつつもしかし、好奇心に勝てなかった私は、下半身の写真をクリックしてしまった。

ふろっぐれっぐ

グルメ食材 フロッグレッグ 1kgパック

カエルの下半身かよ!

それにしても、キロ3千円か… 鶏より高いな… 料理はどうするのかな… 美味しいのかな… 

ついつい心の旅に出てしまい、またハッとする。

危ない、危ない。

ウッカリ購入しないように、えいっとタブを閉じた。



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もろもろ | コメント(6) | トラックバック(0) | 2016/08/24 10:46

アゲタイ本。

イモート一家が実家に帰省しているので、会いに行く。

小学生のメイちゃんには、このところ、会うたびに本をあげるのが習慣になっている。

本屋で買ってあげるのではない。うちの本棚にある、私の読んだ本をあげるのである。

面白がってすごく喜んでくれることもあり、それほどでもないこともある。

メイちゃんが、選んだ本にどんな反応をしてくれるか、毎回楽しみなのだ。

さて今回はどれにするかな、と本棚を眺めていて、この本が目についた。

りんごばたけのまーてぃんぴぴん

(「リンゴ畑のマーティン・ピピン」 岩波書店)

エリナー ファージョンのこの作品集を、私が初めて手にしたのは40年も昔、田舎の図書館の児童書コーナー。

くまのプーさんやドリトル先生に混じって、童話の顔をした本の中には、甘く、苦く、思いもかけず濃厚な、恋愛が詰まっていた。

リンゴ園の番をする娘たちのもとに、ふらりと訪れた謎の男マーティンは、楽器を鳴らし、歌を歌い、物語を聞かせる。

6つの愛の物語は、それぞれに娘たちの心をほどき、気持ちを動かしていく。

それはまるで、幼い赤いリンゴのつぼみが、一夜にして白く華やかに開くような、ドキドキする変化。

何度も借り出して、夢中になって読んで、しまいに自分の本棚に欲しくなった一冊なのだ。

しばらく手にとって、迷った。

お正月に会った時の、メイちゃんの無邪気な表情を思い出すと、まだ早いかな、と思う。書架に戻し、ほかの面白い言葉遊びの本を選んで、バッグに入れた。

こんにちは~

ガラガラと引き戸を開けると、イモートとメイちゃんが玄関で迎えてくれた。

いつもと変わらない、よく似た二人の笑顔。

しかし、前とは少し違うメイちゃんがそこにいる。

ずっと長くして、イモートが結っていた髪は、今は肩のあたりでキッパリと切られていた。

小柄なりにすんなりした足が、カットオフのジーンズから小鹿のように伸びて、衿ぐりの大きなT シャツは、黒地に銀色のロゴが光っている。

春に会った時は確か、イモート好みの、フリフリしたワンピースなど着ていたのに。

なんか雰囲気変わったね!

思わずそう言うと、イモートは眉を寄せて

そうなのよ~ もう、あれイヤとかこれ着ないとか、うるさくって~!

言われても口答えもせず、フフフ…なんて笑っている。子供から、少女になったメイちゃんがそこにいた。

靴を脱いで玄関を上がりながら、持ってきた本は渡さずに帰ろう、と思った。

そして、ファージョンの本を持ってこよう。

メイちゃんは、きっと気に入ってくれるに違いない。



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ブックガイド | コメント(4) | トラックバック(0) | 2016/08/23 10:58

すけっち話。

納戸の片付けをしていたら、古いスケッチブックを見つけた。

かなり大判だが、クローゼットの壁際に沿うように立てかけてあったので気づかなかったのだ。

表紙を見ると、離婚する前の姓が書かれていて、ドキッとする。

絵画教室に通っていた時のものだ。

子供の生まれる前、家にいてヒマな私は習い事をした。

好きだった仕事を夫の転勤で辞め、家族も友達もいない、知らない町に来て一人の私は、人と会うことに飢えていたのだと思う。

いろいろと手を出した中でも、絵を描くのは楽しくて、飽きずに通った。

転勤でまた去ることになったが、それまではかなり熱心に打ち込んで、それなりに描けたから、このスケッチブックも捨てずに置いたのだろう。

懐かしくて、パラパラとめくってみた。

果物、人形、コーヒー挽き、空き瓶に活けた花など、ありきたりの静物デッサンが、マジメにやってある。

けっこううまいじゃん、と、笑顔になりかけた表情が、あるところでぴたりと凍り付いたのが、自分でもわかった。

小さすぎる椅子に、半分あっちを向いて腰かけ、短パンを穿いた裸足の脚を組んでいる男。

別れた亭主である。

すっかり忘れていたが、休みで家にいる亭主にモデルを頼んだこともあったのだろう。

顔はあちらを向いていて見えないが、骨格や体つきなど、特徴をとらえてうまく描いてある。

6Bの鉛筆でまるで撫でるように、こんなに丁寧に、あの男を見ていたこともあったのだ。

あとわずか数年のあいだに、ムスメが生まれムスコが生まれ、あげく憎み合って、この同じ男と別れることになるとは。

スケッチブックを膝にのせ、夫の肩から背中の線を何度も描き直している女も。

窮屈な椅子の中で、妻のためにじっと我慢してやる男も。

絵の中では、この先何が起こるのか予想もせず、同じ夏の日の風に吹かれている。

あのころ住んだ町には、あれから一度も行かない。

なつのひのそら



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むかしむかし | コメント(14) | トラックバック(0) | 2016/08/22 10:56
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