サシエノ本。

新聞小説や、文芸誌の連載が単行本にまとまった時、もったいないと思うことが一つある。

それは挿絵

だいたいの挿絵は、連載が終了すればお払い箱になる。

挿絵画家が表紙を任されることさえ稀で、出来上がった単行本には、もともとの挿絵の気配さえない。

出版業界はコミックエッセイとか文藝マンガとか中途半端なジャンルを続々と作るくせに、挿絵に冷淡すぎる、と、私はかねがね思っているのである。

いい挿絵は子供だけのものではない。

児童文学だけじゃなく、大人の本にだって、もっと挿絵があってもいいんじゃないか。

何も、バーンジョーンズやミュシャやビアズリーに出て来い、というのではない。

今の時代、もし中一弥や蕗谷虹児がいたとしても、それに釣り合う小説などないであろう。

軽妙で、現代的で、本文を邪魔せず、それでいて本の世界をふくらませるような挿絵があったらいいなあ、と思うのだ。

だいたい、今の人の書くものは薄味でイメージに乏しく、ペロッと1枚めくったらもう底がなく、広がらない。

挿絵があることによって、グッと面白くなる小説やエッセイが、ぜったいあるはずなのである。

挿絵といえばラノベの萌え絵、というのでは、あまりにも情けないではないか。

海外の本では、ペーパーバックでも挿絵が生き残っているものがけっこう多い。

それだけ、本文と挿絵が分かちがたく結びつき、互いを生かしているのだろう、と思う。

きかいたんていくりくろぼっと
(「機械探偵クリク・ロボット」 しかしこのポケミスの表紙はなんとかならんのか)

この本の挿絵は著者が自分で描いているのだが、かわいくて、ぬけていて、とてもよかった。挿絵がなければこの小説の価値は半減することだろう。

一読を勧めたいが、またしても絶版である。



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ブックガイド | コメント(13) | トラックバック(0) | 2016/10/21 11:14

ユクエノ本。


(今回いささかバッチい話ですので、潔癖症の方、お食事中の方などはご注意ください)


今日は電車。

冷房も暖房もしない今の時期、吊革につかまって、のんびり窓からの風に吹かれる。

車内吊りの広告に気を取られて首を回したら、シンジラレナイものを見てしまった。

座席のはじっこにミョーにこじんまりと、ヒザをキチッと閉じて座り、本を読むサラリーマン風の若い男。

目は食いつかんばかりに活字を追いながら、人差し指をハナノアナにツッコんでいるではないか。

ここは家じゃねーぞ!そんでその指をどーする!

ヤツの動向から目が離せなくなった私は、さらにシンジラレナイものを見ることになる。

ヤツは…その指を…口に入れた!

ギャー!!!

あまりのことに動悸がする。

左右の人はスマホの画面に気を取られ、ヤツの行動には気付かない。

私の動揺も知らず、ヤツは口から出した指を再度鼻に入れ、その指をまた…(以下自粛)

不愉快だから見たくないのに、つい目をやってしまう。

無意識なのかなんなのか、この男、こんな癖をよく今まで、親にも誰にも直されずに来たものだ。

ヘンな風に感心していたら、ヤツがまた手を顔にやった。

今度はだ。目頭のところを、ウニウニと触っている。

今度はソッチか…

半ば覚悟していると、ヤツは目に触れた指をズボンの腿にクニクニとなすりつけ、本を持ち替えた。

ソッチは食わんのかーい!

声には出さねど、内心全力で叫ぶ私をよそに、ヤツはそそくさと降りる支度をしはじめた。

夢中で読んでいた本の表紙がちらりと目に入る。

わたしのゆくえ

「18歳から考える国家と『私』の行方」

国家の心配する前に、テメーの人差し指の行方を考えろ!と、強く思った私であった。



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ブックガイド | コメント(16) | トラックバック(0) | 2016/10/20 10:54

どいつの話。

近所に美味しいドイツパンの店ができたのよ、と、イシザキさんが差し入れしてくれた。

薄く切った茶色いパンの一切れを手にとると、思ったより重い。口に入れたら、穀物の香りがして、みっちり歯ごたえがある。

その味のむこうに、口をへの字に結んだ、頑固そうなハンナの顔が見えた気がした。

ハンナと会ったのは20年前、ロンドン郊外の成人教育学校で。

英語のクラスには、いろんな国からイギリスに来た人がいる。

スペイン、香港、バングラデシュ、トルコと、様々な人の中で、いつもしかめ面のハンナはドイツ人だった。

会話の練習のための討論の時間。

与えられたテーマで自由に話し合うのだが、なにしろみんな言葉が不自由だから、あまり高尚な話はできない。ハンナはイギリス生活の文句ばかり言っていた。

中でもハンナのお気に召さないのは、イギリスのパンである。

空気みたいに軽くて、タオルみたいに白くて、味がない!栄養もないし、食べる意味もない!あんなのパンじゃない

さんざんにこき下ろした後は、ドイツのパンの話になるが、

滋養があって、とっても美味しいの…

と、急に英語の語彙が少なくなるハンナである。

どうやら彼女は、けなすのは得意だが褒めるのが苦手なタイプらしい。

毎週の教室で、繰り返されるハンナのパンの話は、ちょっとした名物になっていった。

休みの次の週、教室の机の上に、ハンナがどん!と茶色の紙袋を置いた。

先週、ドイツに帰ってたの みんなにドイツのパンを食べさせたくって…

紙袋の中は、フォイルに包んだパンのかたまりと、ナイフ。

ハンナは、大きなパンをじかに胸に抱え、ナイフを手前に引くようにして、薄くスライスしていく。

この切り方、どこかで見たな…と思ったら、ハイジのおじいさんだ。

ぱんをきるおじいさん

ホントにこんな風に切るんだ…。

教室でたった一人日本人の私が、ヘンなところに感動するうちに、パンきれは、まるで教材のプリントのように、手から手へ、クラスメイトに配られた。

戸惑いながら口にした、一切れのパン。

それは確かに、イギリスのパンとは全然違うものだった。

美味しいでしょう?美味しいでしょう?それが本当のパンなのよ!

顔を輝かせて、みんなを見渡したハンナ。彼女が、私の知る、ただ一人のドイツ人である。



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もろもろ | コメント(14) | トラックバック(0) | 2016/10/19 11:11

ちょろぎの話。

50代になってから、長時間の立ち仕事の時、なんだかがアヤシイ、と思うことが多くなった。

ある日突然ピキッといくかもしれない、と、めずらしく危機感を抱き、対策することとした。

周囲の腰痛持ちの先輩にもいろいろ聞いて、買ったのがコレ。

ばんてりんさぽーたー

伸縮する幅広のバンドをマジックテープで固定するタイプのサポーターである。

帰宅して、包装を解くのももどかしく、さっそく装着する。

おお、腰が軽い

心地よいフィット感。サポーター1枚で、これだけ腰が支えられるとはビックリだ。これで安心して仕事できる。

さっそく翌日、朝の着替えの前にサポーターを装着したが、ズボンをはいてみて、異変を感じた。

ウエストがユルユルなのである。

サポーターでギュッと腰を締めたせいだ。

一瞬嬉しくなったが、すぐに喜んでいる場合ではない、と気づく。

締めたからといって、その分のお肉はなくならない。どうなるか。移動するんである。

サポーターは腰を下から持ち上げるように締める。

いつもならウエスト周辺でたゆたっていたお肉は、持ち上げられてサポーターの上にのっかり、胴回りで輪になって、ポヨンと飛び出している。

鏡の中には、およそ人の身体とは思えない、奇妙なフォルムの私がいた。

お正月のおせちに入っている、チョロギに似ている。

とりあえず、ふだん通り仕事着を着たが、輪になったポヨンが、服の上からも見える。

見た目は最低、しかし、腰は最高に具合がいいのだ。

体裁をとるか、体調をとるか、決められぬまま時が過ぎ、出勤の時刻は迫る。

さあ、どうする私!

ちょろぎ
(チョロギ 長老喜、丁呂木などとも書く)



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もろもろ | コメント(12) | トラックバック(0) | 2016/10/18 10:45

ぱくちー話。

朝のテレビで、パクチーの特集をやっていた。

こりあんだー

パクチー、別名香菜(しゃんつぁい)またはコリアンダー、古い和名はこえんどろ。香りが強い野菜である。

独特の香りがキライな人はカメムシのニオイと忌み嫌うが、好きな人は病みつきになるという。

番組では、パクチー好きの人を紹介し、洗面器に一杯のパクチーを平らげたり、和洋中問わず毎日あらゆる料理に入れて食べる様子を映していた。

皆さん自分のお金で食べているのに、イチャモンつけるのもナンだが、あまりお利口には見えない。

何かが好きだから、といって、たくさん食べるのは、子供か動物のすることである。

いい大人が、オイシイから、という理由で大量に食べるなんて、ハシタナイことだと思うが、そういう感覚は古臭いのだろうか。

キライな人に向かって

パクチー食べられないなんて、人生の半分ソンしてるよ~!

と言うのを聞いたこともあるが、そのときの得意げな表情は、関係ない私が見ていてもムカムカした。

ああいう人はパクチーが好きなのではなく、パクチーみたいな個性的な食べ物が好きな自分が好きなのである。

無意識にパクチーの個性を借りて、自分の個性にしようとしているのかもしれない。

私自身、パクチーは食べるし、うまく使ってあればおいしいと思うが、ああいう人の仲間になるのかと思うと、スーパーで手を出すのもなんとなくためらわれる。

野菜に罪はないのだが、ヘンなファンがとりまいているために、よけいな風味がついてしまう。

パクチーに限らず、音楽、文学、いろんな分野で、よく似たことはあるような気がする。



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てれびじょん | コメント(12) | トラックバック(0) | 2016/10/17 10:57

しちゅうの話。

朝夕の空気が冷たくなり、街路樹の色合いも変わりはじめる頃。

下草が枯れ始めたせいか、ふと、いつも見ないものに目が止まった。

ささえ1

街路樹に添えられた支柱である。

この辺りは20年ほど前に開発された新興住宅地で、道路脇の植え込みもおそらくその頃のものだ。

ささえ2

このように、もはや支えの不要なほどに育った木も多い。

役目を終えた支柱は

ささえ4

長年支え続けてきた、その木の足元に力なく倒れ、朽ちていくが、

ささえ5

支え、支えられる関係が終わっても、並んで生きていこう、と決めたものもいる。

かと思えば、

ささえ6

いったい、二人の間に何があったのか、いささか険悪な状態のものや

ささえ9

ワイワイと多人数で、楽しければそれでいいじゃないか、と日々を送るものもいる。

中でも異色を放つのは、

ささえ7

本来支えるべき樹木を失い、ときに自らの存在の意義を疑いつつ、ひとり立つ支柱である。

孤高ともいえるその生き方には、何か励まされる。

…と、何もない道路脇を見つめ、ウンウンとうなずく私を、部活帰りらしい高校生が気味悪そうに見、遠回りによけて通り過ぎて行く。

ハッと我に返って、また歩き出した。

ささえ8
(もはや何が何だかわからなくなっている例)



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もろもろ | コメント(8) | トラックバック(0) | 2016/10/16 11:28

しかじか話。

紅葉のたよりも聞かれはじめ、今日は秋らしい行楽日和

鹿で有名な地元の公園にも、お弁当を広げたり、ボールで遊んだりする家族連れの姿がある。

ここには私も子供の頃、父母に連れられて来た。

高度成長期のサラリーマンであった父は、家族サービスは父親のツトメ、という考えで、休みのたびに家族をあちこちに連れ出した。

その日も一家で公園にやってきた私たちは、バドミントンをしたり、写真を撮ったり、ひとしきり遊んだあと、お弁当を囲んで座った。

この公園では、鹿のオトシモノに注意が必要である。

よくよく場所を選び、さらに念のため古新聞を広げてから、その上にシートを敷くのだ。

母のお弁当はいつもおいしい。イモートとつっつき合いながら、楽しく玉子焼きやおにぎりを食べる。

お弁当をほぼ食べ終わったら、母はこんどは手提げから、青々した二十世紀梨と、果物ナイフを取り出した。デザートの時間である。

目を伏せた母が、手元のナイフに集中している時、異変が起きた。

母に知らせねばと思うが、私とイモートは驚きのあまり、何も言うことができない。

やがて父が、静かにこう言った。

オイ… ビックリするなよ…

言われた母はハッとなって顔をあげると、目をみはったきり固まった。

母の肩越しに、でっかい雄鹿が毛だらけの鼻ヅラを差し入れ、膝の前に落ちた梨の皮を食べている。

母も私たち子供も、一瞬声も出ない。フゴフゴ…という鹿の鼻息だけが聞こえた。

その後どうなったのか、記憶にない。

きっと、ハッと我に返って、キャーキャー大騒ぎし、鹿を追い払ったのだと思う。

今は亡い父は、とにかく冷静な人だった、というのが身内の評価だが、それについてはあの

ビックリするなよ…

の印象が、強いように思う。

しかのとびだし



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むかしむかし | コメント(10) | トラックバック(0) | 2016/10/15 10:51

はるきの話。

ムラカミハルキがノーベル文学賞を逃した、と、朝のニュースが言っている。

自らハルキストだというオッサンが、本屋の店頭で

残念です 次回に期待します

と言っているインタビュー映像を見て、なんかヘンな感じがした。

私はムラカミハルキが特に好きではないが、若い頃は基礎教養のように、一通り読んだ世代である。

大学を出て、周りにムラカミハルキを読んでる人がいなくなったら、読む理由もなくなった。最後に読んだのが、「ノルウェイの森」だったか。

その昔、ムラカミハルキのファン(昔はハルキスト、とは言わなかった)だった、あの子やあの子の顔を思い浮かべる。

あの子たちは、ムラカミハルキがノーベル文学賞をとったら喜ぶだろうか?

またノーベル文学賞を逃したので落胆するだろうか?

どうもそうは思えないのである。

もっと言えば、ムラカミハルキ本人は、次回に期待しているのだろうか?

やっぱりそうは思えないのである。

朝食のパンを食べながら、テレビの画面を見ていたムスコが、もぐもぐ言う。

キノウチ先生ってさ… ハルキストなんだってさ… なんかガッカリだよな…

キノウチ先生はムスコの担任で、国語担当の美人である。

何がガッカリよ いいじゃない、別に…

一応、そうは返事しつつも、ムスコの言うこともちょっとわかる気がした。

はるきげにあ
(ハルキゲニア 学名:Hallucigenia 5億2,500万- 5億500万年前の海に生息した動物)



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てれびじょん | コメント(10) | トラックバック(0) | 2016/10/14 11:23

はてなの話。

今日はそこを通る、と分かった時から、私は軽く緊張していた。

そこには、未解決のが残っているのである。

特急電車の車上、ふだんならウトウトしたい距離を、ずっとソワソワして過ごす。

乗り込むときに買った缶コーヒーも、飲む気になれないまま窓枠に置いてある。

1時間以上、いよいよそのあたり、と座席から腰を浮かして、車窓から心当たりの方角に目を凝らすと

あった!

つ2

薄暮に浮かび上がる、大きな

駅名表示というものは、本来見る者の疑問に答えるためのものである。

それなのにこの表示は、逆に疑問を発し、見る者に問いかけてくる。

みずからの存在の根幹を揺るがす行為ではないか。

前回ここを通った時、思わず目を疑い、その後は何度も打ち消したり、思い直したりを繰り返してきたが、やはり実在したのである。

長らく頭を悩ましてきたをようやく確認できた私は、シートに深く座り直した。

目的地まで、あと50分足らず。

ぬるくなった缶コーヒーをプシッと開けて、グビッと飲んだら、満足のタメイキがプハーッと出た。

つ
(両隣の「あこぎ」「いしんでん」も、なかなかのもんである)



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もろもろ | コメント(10) | トラックバック(0) | 2016/10/13 11:09

にんにく話。

おー、いいニオイ… 今晩何?イタリアンかなんか?

鼻をクンカクンカさせながら、ムスコがリビングに入ってきた。

残念でした~、あれはお隣! うちは昨日の残りの筑前煮だヨ~

なんだまたか… ダマされた 

うちのリビングは、風向きによってお隣のキッチンのニオイが入ってくる位置にある。

お隣は60代のご夫婦で、既にお子さんも独立された二人暮らし。

表でお会いすると、ほっそりした奥様は、

コンニチハ~♪

小鳥のようなピヨピヨ声で挨拶してくださるが、小柄なご主人はその後ろで、黙ってニコニコ。

ふだんは気配も感じないくらい、静かなお隣さんなのである。

ところが、ことお料理に関しては少し様子が違う。

激しく油のはぜる音、濃厚なソースの香り、じゅうじゅうと猛々しく、肉の焼ける匂い。

そして、それらとともに必ず漂ってくるのは、香ばしいニンニクのニオイである。

洋食、中華、なんにせよ、男子高校生のいるわが家より、よほどボリュームのありそうなメニューに思える。

あの静かな小動物のようなご夫婦が、毎日あれほどこってりしたお料理を作って、食べていようとは、およそシンジラレナイ。

朝ゴミ出しに出たら、ちょうどお隣の奥様が戻ってくるところだった。

オハヨウゴザイマス~♪

小鳥のような丸い目と小さな顔、いつもと変わらぬピヨピヨ声だ。

昨日のニンニクは、この人のどこに、どう効いているのだろう、と考えると、ちょっとコワい。

にんにく



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ごきんじょ | コメント(6) | トラックバック(0) | 2016/10/12 10:46
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