かぼちゃの話。

とうじのかぼちゃ

今日は冬至

ゆず湯に入るお宅も多いと思うが( →ゆずゆの話。)、もう1つ冬至につきものなのがカボチャ

関西ではカボチャをナンキンと呼び、イモタコナンキンといえば女性の好物の代表である。

ところが私は、女性のハシクレでありながら、イモやカボチャがあまり好きでない。食べられなくはないが、他のものがあれば、わざわざカボチャは選ばない。

実家でほとんど食べなかったので、食べ慣れないということがあると思う。

なぜうちではカボチャを食べなかったのか。それは家長である父がキライだったからである。

亡くなった父は、戦中派の、いちばん最後のシッポくらいの世代。出征はしていないが、一番お腹の減る時期に戦争を体験した。

ごくたまに、いただきもののおイモやカボチャが食卓にのると

オレは戦争中に一生分食った

と、みるみる機嫌が悪くなり、いかにもイヤそうにお鉢を遠ざけた。

痩せた土地で、畑仕事に不慣れな都会の人間でも栽培できたイモやカボチャは、おそらく父にとって、戦時中の食べ物のイメージしかなかったのだ。

詳しくは言わなかったが、中学のグラウンドにカボチャを植えた話を、1度だけ聞いたことがある。

学生時代は野球部で、ピッチャーだった父。

グラブを持って立ったマウンドを、走って目指したホームベースを、クワで耕すのは、きっと辛かっただろう。

もっと辛かったのは、そうやって収穫したカボチャしか、食べるものがなかったことかもしれない。

いま、ムスコはその頃の父より年上になり、私の煮たカボチャを、平和な顔でパクパク食べている。



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むかしむかし | コメント(6) | トラックバック(0) | 2016/12/21 10:39
コメント
No title
家もゆず湯します。いい香りで癒されます。

嫌な想い出もなく、何でも美味しく食べられることに、感謝して食べないといけませんが、子供の頃はホクホクしたナンキンが嫌いでした。
今晩のナンキン(って最近言いませんが)の煮たやつベチャなでした(~_~;)今は、ホクホクが良いです。


確か
中学1年の時だったと思います。家庭科の授業で習ったサツマイモを炊き込んだ芋ご飯を作ろうとしたら、母に
「やめて! 見たくもない…」
と吐き捨てるように言われました。

質素な暮らしで食べ物の好き嫌いなど言ったことのない母でしたから、とても驚きました。やはり戦時中の食糧事情の苦い思い出が、強烈だったようです。

ムスコは案外にカボチャが好きで、パクパク食べます。私はヒトカケで十分満足です(笑)。
私も
かぼちゃが得意ではありません。
できることなら避けて通りたいです。

田舎住まいの父は戦中も戦後も食料で苦労しませんでしたが、京の色町育ちの母は飢えたそうです。

いものつるをよく食べさせられたと言っとりました。
Re: No title
wanco様

ゆず湯はいかがでした?お風呂に浸かれるのって幸せ感じますよね。

私はカボチャ煮ててこらあかんと思ったら牛乳入れてスープにしちゃいます。バーミックス突っ込んでポタージュにすれば色もキレイです。

Re: 確か
Westwing様

あーそういえば父は混ぜご飯もいやがりましたしおかゆもキライでしたね。

お米のない時ご飯のカサ増ししていた記憶が蘇るのでしょう。

銀シャリが一番という父でした。
Re: 私も
rockin'様

うちの父も街っ子で食糧に苦労したクチです。

母は父より10も年下なので、そういう苦労はなかったみたいです。

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