こころの話。

昔はなかったけど、今は当たり前のように聞く言い方に心が折れるというのがある。

ノンキに見える私でも、このトシにもなれば、それなりに苦しい思いはしてきたつもりだが、

心が折れそう…

もしくは

もうダメ、心が折れてしまったわ…

のように思ったことは、今までたぶん一度もない

そもそも、折れるという表現がヘンだと思う。

正確な定義は知らないが、折れるものというのは一般に棒のように細長い形状をしている。

それでは、心は棒状なのであろうか。

心だからハート型よ

などと、年甲斐もなく主張する気はないが、何か丸いカタマリをイメージするのが普通じゃないだろうか。

喜怒哀楽の心理をつかさどる部分が、すりこぎやラップの芯みたいな形状だとは、私にはどうしても思えないのである。

他に折れるものは無いかと考えた時、折り紙が頭に浮かんだ。

おお、紙も折れるぞ。

白い紙のような心に、様々な感情が描かれていく、というのは、悪くないイメージだ。

しかし、紙の場合、折れるというのはさほどのダメージではない。

心が折れたわ… 伸ばせばいっか…

とか、あるいは

汚れないように、心をキチンと折っておこう!

のように、むしろ前向きに心を折る、という方向性さえありうるではないか。

もしも心が紙のようなシート状である場合は、「心が折れる」よりも「心が破れる」というほうが、激しいショックを表すのにはふさわしいだろう。

心の形状に関しては今後さらなる考察が待たれる。

こころがおれる
(作品名・「折れた心」)



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もろもろ | コメント(8) | トラックバック(0) | 2017/01/28 11:28
コメント
No title
たしか、野球のイチロー選手が使って、そこから急激にスポーツ選手の間で広まったのではないかと、記憶しています。
WBCで、調子が出なかった時期に、大事な場面でバントに失敗したときの思いを語ったものです。
彼ほどの選手が「心が折れる」を使うのなら感じるものもありますが・・・。
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No title
こんにちは。はじめまして。
こころが折れるって、イメージの表現だと思うので
棒や紙をイメージすると、ちょっと無理がありそうですね。
僕のイメージでは、家を支えている柱です。
がんばって支えていたけど、耐えられなくなって折れる。
ですかね。
だから、こころが折れるイメージは、自分を支えていたものが崩れてしまう感じの時に使う気がします。
どうですかね?
ヤラレタ
先を越されました。
さすがぢょん でんばあ様です。

私も以前から「心が折れる」ってゆー表現に違和感がアリアリでした。
私の中で「折れる」はもちろん、骨です。
そう骨折。
「心折」なんて言葉は聞ーたこともないわい。

心を砕く。
これは使います。

折れるも砕くも一種の破壊行為ですが、意味がぜんぜん違いますよね。
心は折れない。
砕くものです。
人の為に。
或いは人のせいで。
Re: No title
声なき声様

なるほど野球選手は骨を折ったりバットを折ったり、いろいろと折れては困る重要なものが他にありますから、心も折れるのかもしれませんね。

普通の主婦や勤め人には、折れるものも折れる機会もないと思います。
Re: No title
鍵コメj様

らちもない思い付きを褒めてくださってありがとうございます。

言葉遣いだけの問題かと思っていましたが、案外に重要なことを含んでいるような気がしてきました。
Re: No title
バケツ様

コメントありがとうございます。

私はまずこの「心が折れる」という表現自体に反発を覚えます。アリテーに言って嫌いなんです。

心が柱…じゃあ、柱が支えているものって、なんでしょう?

私には依然としてピンと来ない表現です。
Re: ヤラレタ
rockin'様

ムフフ…そうでしょうそうでしょう。

こういう安手の表現は、rockin'様も絶対お嫌いに違いないと思っていました。

心を砕く、心を汲む、心を開く…そうだこんなのもあるぞ、心をくすぐる。

だけど折れることは無いと思います。


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