あのひの話。

いつも通りのイモート一家の1日がはじまった。

イモートの作ったお弁当を提げて、ダンナのコージさんは会社へ、メイちゃんは幼稚園へ。

ひとしきり家事をした後、お弁当の残りでお昼ごはんを済ませて、幼稚園の卒園謝恩会の打ち合わせに、着替えて出かけようとしたその時。

大きな大きな何かが、イモートの住むアパートを、気味わるく揺らした。

ドスンと重いものが落ち、ガチャンと食器が割れ、続いてビシビシとひび割れる音。永遠と思える恐ろしい時間が過ぎて、やがて静かになった。

思わずしゃがみ込んで頭を抱えていたイモートが顔をあげると、年末に買って組み立てたばかりのTVボードが壊れて、液晶テレビが床に落ちている。

放心状態で床に足を投げ出し、しばらくそうしていたが、メールの着信で我に帰った。

幼稚園からの連絡だ。

鍵もかけずに飛び出し、いっさんに駆けて園庭に飛び込むと、園児たちは小さくしゃがんで丸く輪になり、先生に囲まれていた。

上履きのままのメイちゃんの手を引いて家に帰り、いつもの習慣で手を洗わせようとしたら、小さい握りこぶしの中に、赤いクレヨンが1本、かたくかたく握り込まれていた。

日中どうしても連絡がつかなかったコージさんは、夜半を過ぎてから、クツも背広もビックリするほどドロドロになって戻った。都心の会社から郊外の家まで、徒歩で帰って来たのである。

いわゆる帰宅難民ってやつよ~

ここまで電話で話してきた、イモートが言う。

あとで考えればさ~ あんなに必死こいて帰んなくてもいいわけよ~ 余震もあるんだし 会社に泊まればさ~

まーそうよね でも帰りたかったんでしょ アンタとメイちゃんのとこに…

そうかな~

そうだよォ オトコは家が好きだからネ だよ愛… 

へへへ… そっかな~

電話口で、イモートは照れている。

ノンキにこんな話ができるのも、たまたまのこと、ただの僥倖にすぎないのだ。

イモートが、コージさんが、そしてメイちゃんが、あの日命を奪われずに済んだのは、得難いめぐり合せなのだと、6年の月日が過ぎて思う。

あの日お友だちと肩を寄せ、しゃがんで震えていたメイちゃんが、この春、中学生になる。



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ごかぞく | コメント(10) | トラックバック(0) | 2017/03/11 11:13
コメント
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こんばんは
 本当に 怖い日でした、 
 メトロに乗るのが 怖かったです、
 暗い 道路の下かと思うと 余計でした、
 皆が 怖い思いを 悲しい思いをしたのです、

 コージさんも エライですね、
 次回は危険なので どこかで非難しましょう、
 この経験を 忘れずに いたいですね、

 いつもありがとうございます、 たか
  
No title
おはようございます
そうですね~あれから6年が経つんですね。
いまだに行方不明の人も大勢いるようで、家族のことを考えると胸が痛みます。
決して忘れてはいけない出来事ですね。
そしてないより、福島原発により、非難を余儀なくされている人達。
今季で仮設住宅からでなくてはならないようですが、これからどうしていくんでしょう?

メイちゃんも中学生ですか~
No title
イモートさん、コージさん、メイちゃん
それにあの日助かった命。
生きていてくれてありがとう。
ほんの
小さな偶然と判断と行動が生死を分ける瞬間に出会う。
そうそうあることではありませんが、絶対にないとは決して言えない。

何かが生死を分ける。
偶然だけに頼るのではなく何かを準備しておくべきなんでしょうね。
Re: No title
鍵コメj様

その日その時の思い出はそれぞれにあるものですね。

どんな形でも忘れずにいたいと思います。
Re: こんばんは
たか様

妹一家の住む町は液状化する地域もあるそうで、義弟も会社に泊まり込めるセットを置いたそうです。

皆が賢くなって対処できるようになるといいですね。
Re: No title
Carlos様

6年なんて信じられませんが、姪っ子の制服姿を見ると本当なんだなとジワッときます。

反面、6年も経っても何も解決していないこともあるのですね。
Re: No title
ふ~みんまま様

何もかもに、感謝ですね。
Re: ほんの
rockin'様

亡くなった人に非が無いのと同様、生き残った人にもそうなった理由は何にもないのかもしれません。

なるようにしかならないというと無力感に襲われますが、それでもなお努力は欠かしてはいいけないのでしょう。

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