セツブン本。

今日は節分

流行りの恵方巻には、いたずらに反感を抱いている(→ せつぶん話。)私だが、逆に昨今すたれ気味な豆まきは、大マジメにやっている。

スーパーの乾物売り場で、鬼のイラストのついた福豆の袋を見比べていたら、子供の頃を思い出した。

実家の豆まきは、母と子供だけでやっていた。父は仕事でいなかったのか、いたけど参加していなかったのか、よくわからない。

はじめはマジメに鬼は~外~とやっているが、クレヨンで描いた鬼のお面をかぶって豆を投げているうちに、イモートと私は次第にコーフンしてふざけだす。

キャーキャー言いながら豆をぶつけあっていると、母がとつぜん

あかのっぽあおのっぽ、か…

と言ったのだ。

あかのっぽあおのっぽ?

何の脈絡もなく出てきた謎の言葉を、その時聞き返したのか、どうだったか。

それは何?と聞いたけれど、はかばかしい答えは得られなかったような気がする。

もう何十年とそのまま、私の脳ミソの底に沈んでいた疑問が、いま不意に浮かび上がってきたのである。

ありがたいことに今はネット検索というものがある。

あかのっぽあおのっぽ
( 「赤ノッポ青ノッポ」武井武雄 )

昭和の小学生今野桃太郎君が、鬼ヶ島の鬼を日本に招待し、一緒に小学校に通う、というお話らしい。

赤ノッポは赤鬼、青ノッポは青鬼の呼び名なのだ。

半ズボンをはいてランドセルをしょって、小学校に入学した赤鬼と青鬼が、珍騒動を引き起こすのだが、この鬼たちが子供の鬼ではなく、スネ毛にひげヅラのオトナの鬼なのがおかしい。

武井武雄という人は童画家ではあるが、鬼ヶ島の鬼を子供向けにかわいらしく描こうという配慮は一切なく、異界の怪物の姿で、ちゅうちょなく気味悪く、恐ろしく描いている。

いくら鬼の面をかぶっているとはいえ、かわいい年ごろの娘たちを見て、この鬼を思い出すというのは、ちょっとヒドイ。

母が説明をためらった気持ちが、今わかる気がする。



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ブックガイド | コメント(6) | トラックバック(0) | 2017/02/03 11:31

イソップ本。

ムスコの受験に、学資の金策、来たるべき一人の老後など、悩み多いお年ごろ。

のび太並みの就寝スピードを誇る私(→ ねむたい話。)にも、眠れない夜はある。

そんな時こそ寝床で読書だ。

長編小説は途中でスジを見失うし、あまりドラマチックな内容では興奮して眠れなくなる。

だからといって退屈な本は読みたくない。

あれはダメ、これはどうかと試行錯誤して、良い本を見つけた。

いそっぷぐうわしゅう
(「イソップ寓話集」岩波文庫)

誰でも子供の頃、1つや2つは読んだことのある、イソップの寓話集である。

長くても10行そこそこで、単純でわかりやすい筋立てのたとえ話が、順不同に並んでいる。

ただ面白く読み飛ばしても、そういえば私も…とわが身に思いを致してもいい。

中には、いったい何の教訓なのか、意味不明なお話もある。

キツネとワニがお互いの家柄を競いました。
ワニは自分の先祖を自慢して、「私のご先祖は体育館長をしていたのだぞ」と言いました。
キツネは「なるほど、君の皮膚を見れば、長年身体を鍛えてきたことはよくわかるよ」と答えました。
このように、事実はまた嘘をつくものをすっぱ抜くものです。


なんのこっちゃわからないが、なんとなくおかしい。

わかったり、わからなかったり、脳にほどよい波状の刺激を受けるうちに、とろとろ眠くなる。

ベッドサイドに最適の本だ。

もう1つ紹介しておこう。

ラクダが激流を渡りながら、こらえきれずに糞をしました。
激流に流された糞が、目の前を通りすぎていくのを見て、ラクダが言いました。
「これはしたり、私の後ろから出たものが、私の先を進んでいくとは!」
これは、最も劣った考えのない者が、思慮深い人を差し置いて、力を得ている国に当てはまります。


ラクダの糞がリーダーになる国とは、いったいどこだろう。

※(注) 紹介した寓話は内容に影響しない程度に原文と表現を変えています



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ブックガイド | コメント(8) | トラックバック(0) | 2017/01/24 10:59

センター本。

日本全国を襲った記録的大寒波の中、どうにか無事センター試験が終了したムスコ。

世のご家庭では、ピリピリしたこの時期の受験生を腫れ物のように扱うのだろうが、わが家にはそういうデリカシーや配慮は無い。

帰宅したムスコを捕まえて聞く。

そんでどーなのよ、デキのほうは!

…んー… 普通

聞くだけムダだった。この男はいつもいつもいつも

…普通…

しか言わないのだ。

自己採点は、高校に行って、いっせいにやるというので、結果はお預けである。

夕飯の支度をする間、何やらゴソゴソやっていると思ったら、キッタナイ部屋を片付けているらしい。

2次試験に向けて、心機一転、キレイな部屋でがんばろう、ということか。さっそく感心感心。

しばらくしてドサッという音がしたので見てみたら、古紙の置き場が本やノートでいっぱいになっていた。

一番上にはこんな本。

9わりとれるちり
(直前30日で9割とれるセンター地理)

捨てんの早えな!

しかも、直前30日という、驚きの寿命の短さ

まあ、税込1,296円を30で割って、1日43.2円と考えたら、そう高くないのかもしれない。

本当に9割取れてれば、の話であるが。



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ブックガイド | コメント(8) | トラックバック(0) | 2017/01/16 11:23

ソウセキ本。

夏目漱石について、語るべきことは何もない。

猫や坊ちゃんの江戸前の笑談は、関西人の私にはいっこう通じないし、かといって則天去私などと深刻ぶられても、さらに面白くない。

今年は漱石の素顔を描くドラマなども次々放映されるが、見ない。だいたい私は、外でいい顔をしてきて、家で妻子に当たり散らす男はキライなのだ。

そのくせ、漱石のナントカ、などとという本を見るとつい読んでしまう。

漱石山脈などという言葉があるように、彼の周囲には彼を師と仰ぐ若者が集まっていた。木曜が面会日、と決めないと、仕事に差し支えるくらい、うじゃうじゃ集まった。

なんぼ洋行帰りの文学者だといって、40そこそこの若いヤツが、もっと若いヤツを集めて喜んでいる、そのことが不思議で興味深い。

こういう集まり方を女はしない。

男、それも若い男のすること、という感じがする。

集めたんじゃない、先生のご人徳を慕って集まったのだ、と言う人もあるかもしれないが、本人が嫌がってるのにそんなになるわけがない。

迷惑顔をしつつも内心では嬉しがり、余は苦しゅうないという態度であったればこそ、山をなすほど人が集まったんである。

師弟といっても何を習うでもない。若々しい野心と未熟な自尊心のまま、ただ集まって、各自の趣味やら失敗談やら、披露しては月旦している。

そんなわちゃわちゃ感、うだうだ感がよく出ているのがこの本。

せんせいとぼく
(「先生と僕 ~夏目漱石を囲む人々~」)

漱石門下が実名で登場し、それぞれに、大好きな先生に愛されたいと願いながら、仲良くしたりケンカしたりしている、その感じは男子高校生の集団とそう変わらない。

夏目漱石が49歳で亡くなったのが、ちょうど百年前の今日である。



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ブックガイド | コメント(10) | トラックバック(0) | 2016/12/09 11:38

ハナヨメ本。

ハナヨメ専用!ゴム手袋

点けっぱなしのテレビから、シンジラレナイ声が聞こえてきたので、聞き違いかとCMの雑誌を調べた。

ぜくしぃ2017 1
(ゼクシィ関西 2017.1月号)

あった!これだ!

はなよめごむて

《特別付録》
♥レース柄で可憐に♥
♥純真無垢な白が美しさを引き立てる♥
♥ピュアすぎる花嫁ゴム手袋♥
  (内容紹介原文ママ)

付録がゴム手袋というのもびっくりだが、さらに謎なのが、ハナヨメ専用!という点である。

写真を見ると、真っ白なおリボンもついており、たしかにウエディングドレスに似合いそうではある。

しかしなぜに披露宴でゴム手袋をはめる必要があるのだろうか。

真っ先に頭に浮かんだのは最初の共同作業、ケーキカットである。

巨大なケーキを切り分け、せっせとお皿にのせるためには、衛生上、ゴム手袋は必要であろう。

しかし、主役の花嫁が数十人ぶんのケーキの取り分けに忙殺される披露宴というのは、いかがなものか。

次に、ゴムという素材の面から考えてみる。

花嫁がふつう身につけるサテンの手袋ではなく、あえてゴムの手袋をはめる意味とは何か。

ドレスに化繊とウールを使っている場合、摩擦によって静電気の生ずる可能性がある。

冬場、空気の乾燥している季節、静電気の溜まった状態で花婿の手をとると、バチバチ火花が飛んで危険なので、絶縁の意味でゴム手袋をつけるのではないだろうか。

しかし、ゴム手袋をはめていたのでは、指輪の交換ができない。

なにより、晴れの結婚式に絶縁、というのは、ひじょうに縁起が悪い。

考えが行き詰ってしまったが、何事も、行き詰った時は初心に帰ることが肝要である。

ゴム手袋というのは食器を洗う時に使う。ということは、花嫁が食器を洗う場面を想定すればよい。

ここで昔、学生街の中華料理店で、よく目にしたハリガミを思い出した。

食後30分皿洗いすれば 食事代がタダ!

あれと同じことが披露宴会場でも行われているのではないだろうか。

フルコースの食事で使う食器の量は大変なものだ。

披露宴のあとの汚れたお皿やグラスを、花嫁自ら洗うと、披露宴代がタダ!

すごく大変そうだが、長い人生の旅路のはじまりで、あえて艱難辛苦を忍ぶ、というのは、悪くないスタートかもしれない。



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ブックガイド | コメント(8) | トラックバック(0) | 2016/11/29 11:01
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