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ぼっちゃま話。

イモートが小学生の時、公園でキジトラの仔猫を拾ってきた。

家猫も外飼いされ、野良猫も多かった時代。

昔ニンゲンのおばーちゃんは、ダシガラの煮干しなど投げ与え、甘やかさず野性的に育てた。

ところが仔猫は、なぜか温室育ちのようなヘタレのお坊ちゃまになった。

ケンカでは連戦連敗

出かけてはボロボロにやられ、しっぽを垂れて帰る。

雄猫がケンカに負けるということは、痛い、情けない、彼女ができないだけじゃなく、ナワバリをなくす、ということである。

負け続けたあげく、ついにうちの庭はよその猫のナワバリになってしまった。

坊ちゃまを抱いて庭に出ると、うちの庭なのに、よその猫に怒られる

けっきょく坊ちゃまは、後半生を引きこもりのニート猫として暮らした。

どうどうとうちの庭を横切るよその猫を、ガラスのこちら側で威嚇してるつもりの、はかない後姿を今も思い出す。

2月22日は猫の日

うちで飼った猫は、坊ちゃまだけである。

昔は猫を撮ったりしなかったから、坊ちゃまの写真は無い。

きじとら
(こんな感じだったはずだが思い出の中で美化されているかも)



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むかしむかし | コメント(1) | トラックバック(0) | 2019/02/22 11:30

はしかの話。

あさおきたぢょん子ちゃんの、おかおがまっかで、おなかにぽつぽつが出ていたので、お母さんはいそいでおいしゃさまにでんわをかけました。

かかりつけの、みやわき先生です。

ああ、よかった おうしんしてくださるそうよ

お母さんはすこしほっとしたようすです。

ぢょん子ちゃんは、いたいちゅうしゃをする先生がこわかったのですが、きょうはねつでぼんやりして、先生がこられるときいても、なきません。

お母さんは、あせでぬれたねまきをきかえさせてくれてから

先生がいらっしゃるまえに いそいでかいものをしてくるわ おとなしくねていなさい

かいものかごをさげて、いちばに行ってしまいました。

おふとんのなかでうとうとしていると、げんかんで音がします。

こんにちは…

ふすまがあいて、はくいをきたみやわき先生が入ってこられました。

お母さん るすかい

いちばに行った…

そうかそうか 手を出して…

先生はおふとんから出したぢょん子ちゃんの手くびをしばらくつまむと、しかめつらになり

べろ出して…

のどのおくをごらんになりました。

それから、ひえたりょう手をよくこすってあたためると、かけぶとんをめくり、ねまきを上げて、おなかをおさえました。

うーん…

ねまきを下げながら、先生がうなったので、ぢょん子ちゃんはしんぱいになり、小さいこえで

ちゅうしゃする?

とききました。先生はくびをよこにふってから、

いいねまきだね

わらってそうおっしゃったので、ぢょん子ちゃんはうれしくなりました。

えりにお花のししゅうがある、大すきなねまきだからです。

いちばからかえって、ぢょん子ちゃんのまくらもとに、くすりぶくろがおいてあるのを見つけて、お母さんはびっくりしました。

あらあら、はやいこと!先生なんて?

お母さんるすか って おなかぽんぽんした…

ほかには?

いいねまきだって

まあ!

お母さんがいちばでかってきたみかんと、おかゆを食べてから、ぢょん子ちゃんは先生のおくすりをのみました。

いまから50年もむかしの、はしかにかかった子どものおはなしです。

かわいいおねまき



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むかしむかし | コメント(4) | トラックバック(0) | 2019/02/21 11:30

れもんの話。

そとはあめ

朝起きたら予報通り、だった。

雨はキライじゃない。

急に降ってくるのはちょっと困るが、少しくらいなら濡れるのも平気だ。

せっかくの雨だから、今日はお出かけしよう。

私と違って雨がキライな人が多いから、どこに行っても空いているだろう。

美術館の前には、カサをさした人が、点線状に列を作っていた。さすがに人気の展覧会は、雨でも混むのだろうか。

しかし、館内はさほどの混雑でもない。どうやらカサの始末に時間をくうせいで、入り口付近だけごたつくらしい。

人に押しのけられることもなく、見たい絵に近づいて、ゆっくりと眺めた。

やっぱり雨は人出に影響するのだ。

17世紀の窓明かりに照らされた、黄色いドレスの少女の白い額を思い出しながら、美術館の外に出たら、去年流行った歌がふと頭に浮かぶ。

♪ …雨が降り止むまでは帰れない 今でもあなたは私の光… ♪

帰れないなんて、そんなことない。

雨を言い訳にしてちゃ、いけない。

カサがなくても、帰りたければ帰ればいい。

わけもなく濡れることを恐れているから、昔の恋ばかりが美しく見える。

優しい雨の帰り道はきれいだ。

二十四節気の雨水は、雪が雨に変わり、草木の芽吹き始める時季。



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もろもろ | コメント(6) | トラックバック(0) | 2019/02/20 11:30

のりかの話。

今季NHKの朝ドラの舞台は大阪である。

ヒロインはもともと大阪の人ではないが、方言指導を受けておられるようだ。

お芝居の方言の細かいイントネーションをうるさく言い立てるネイティブスピーカーも多いようだが、私はあんまり気にならない。

遠くから来てえらいねえ、と思うだけだ。

オンチの歌がヘタクソだからと、怒ったって仕方がないのと同じで、むしろちょっと上手いほうが、逆に気になる。



この女優さんは九州の出身だが、ご両親が大阪の方らしく、発音はそこそこ合っている。

しかしこの気持ち悪さは何であろうか。

例えるなら、音程が正しいだけで起伏も感情もない、人工音声の歌を聞かされているような。

なまじイントネーションが合っているばかりに、魂の裏打のない空虚さが響くのかもしれない。

ネイティブスピーカーでないとはそういうことだ。

しかし、正真正銘関西人でありながら、同じ空虚さをまとった稀有なる人もいる。

ふじわらのりか

梨園の妻ノリカ様である。

この人の関西弁を聞いてゾワゾワしない関西人はいないと思うが、どうだろうか。



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てれびじょん | コメント(10) | トラックバック(0) | 2019/02/19 11:30

つられる話。

私は話し相手にもつられやすい。

大学の時、仲良しの1人が名古屋の人だった。

名古屋の人は、どこに行っても大阪弁の大阪人とは違い、その場の全員が名古屋人だと分かるまでは、名古屋弁は話さない。

チョイと会うだけのよそ者には決して聞けないのが、名古屋弁なのだ。

しかし、長いこと一緒にいると、ちょっとしたイントネーションや語彙が耳にとまる。

もちろんふだんは関西弁だが、その子と話すときはそれに倣うようになり、いつの間にか話せるようになっていた。

標準語でも同様のことは起こる。

関西在住の関西人でありながら、相手が標準語だとつられてしまうのだ。

1対1ならいいが、問題はたくさん人がいる場合。立食パーティーみたいなのが具合悪い。

最初に出くわした人と、標準語で楽しくお話しているところに、かねてから顔なじみのもう1人が、私を認めてやってくる。

ところが、新しい人は関西人で、常日ごろネイティブの関西弁でお話している相手だ。

その人に標準語の現場を押さえられた気まずさ。

さらに、ここで関西弁に切り替えるか、あるいは標準語を続けるかの問題もある。

いきなり関西弁になったら、それまで話していた相手も驚くだろう。かといって標準語のままでは、もう1人によそよそしい印象を与えそうだ。

イソップのコウモリなど思い出しつつ、方針はいまだ定まらない。

ひきょうなこうもり
(「わたしはつばさがあるので、とりのなかまです」こうもりはいいました)



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ごきんじょ | コメント(14) | トラックバック(0) | 2019/02/18 11:30
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