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ここいち話。

遅くなった。くたびれた。何でもいいからお腹に入れて帰ろう。

駅前の通り、観光客向けのお店に交じって、全国チェーンのカレー屋を見つけた。

耳に飛び込んできたのはやかましい中国語

デカいスーツケースで砦が築かれて、テーブル席に近づけないので、カウンターにした。

ここいち

先客は体格のいい西洋人の男1人。

コーラのおかわりを頼むやけに流暢な日本語や、2台のスマホを交互に眺めているのも怪しくて、なるべく離れた席をとる。

注文の皿が来るのを、氷水を飲んで待っていたら、自動ドアが開いた。

ウールのスカーフのようなヒジャブで髪を隠した、小柄な女の子だ。

店内をしばらく見まわした後、カウンターの私の隣に座った。

こういう時は両隣に等間隔に距離をとるものだが、不良ガイジン風の男を避け、比較的安全そうなオバサンの側に寄ったのか。

夜遅く、心細かったのかな。

なついてきた仔犬みたいで、かわいくなる。

聞くでもなく聞いていると、日本語はたどたどしいが、メニューはよく知っているようだ。

ブタ、no、ビフ please

ポークカレー チェンジビーフね?

さすが観光地、カウンターの中の店員もよく分かっている。信仰上豚肉は食べられないんだ。

そこの大学の学生さん?

何のお勉強をしてるの?

遠くから えらいわねえ
 

かけたい言葉はいろいろと浮かぶが、黙ってただ並んでスプーンを口に運ぶ。

バッグを肩にかけ席を立ちながら目をやると、彼女の小鼻には汗の球が浮かんでいた。

若いんだなあ。

カウンターに向かう小さな肩を、ぽんぽんと叩いてやりたい気持ちをおさえて、店を出る。

けっきょく食べ終わるまで、ほかに日本人の客は来なかった。

ありふれた夢みたいな、秋の宵だった。



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ごきんじょ | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/10/18 11:30

ばとるの話。

歩くのにいい季節になった。

駅への行き帰りも自転車をよして、早めに出る。

よく晴れた日、街路樹が揺れて、日向と日陰を交互に選んで歩く。

風が運んでくる子供の歓声。

湿った土と乾いた葉のにおい。

気持ちよく歩いて、小さな公園にさしかかった時、異質な声にドキッとした。

午後の平和な空気を切り裂くように、なにごとか怒鳴り合う男の声。

内容は分からないが、大変な剣幕だ。

おそるおそる公園をのぞくと、制服を着た中学生が2人、今にも殴りかからんばかりの前傾姿勢で向かい合い、早口で叫んでいる。

ケンカだ!

お巡りさんを呼ぼうか、と、ドキドキしながら見守ったが、不思議なことに、いっこうに殴り合いははじまらない。

それどころかちゃんと順番を守り、相手が怒鳴っている間は、黙って聞いているではないか。

しばらく様子を見ていたが、アホらしくなって歩きだした。

ムスコにこんなこんな、と説明したところ

ラップバトルじゃない?

と、あっさり答えが返ってきた。

ラップバトルとか、MCバトルとかいうものらしい。言われてみれば、テレビで見たことがある気もする。

あの中学生たち、家でやっていたら、お母さんに

うるさい!外でやんなさい!

とでも叱られて、表に出てきたのかな。

想像したらおかしくて、えらい剣幕で罵り合っていた2人が、かわいく思えてきた。






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ごきんじょ | コメント(10) | トラックバック(0) | 2018/10/14 11:30

ぼきんの話。

今年も赤い羽根共同募金運動がはじまっている。

長い顔に雪駄の鼻緒のような下がり眉の首相が、背広の胸に麗々しく赤い羽根を挿している。

あれでいくらかでも広告効果はあるのだろうか?

団地の自治会でも期間中は募金を集める。

といっても、箱を持って立つのではなく、回覧板が回ってくるだけだ。

募金したい人は、名前と募金額を記入しておくと、後日役員さんが集金にきて羽根をくれる。

私もお隣のご主人の名前の下に、上の欄と同じ金額を記入した、つもりだった。

ところが昨日。

回覧済みで、うちのハンコだって押してある回覧板が、門扉にひっかけてあった。

オカシイな、と中を見たら、ずらりと並んだ記名欄に、うちだけ記入がない

あとで書こうと思っていて、そのまま回してしまったらしい。

班のどなたかが、うちが記名してないのに気づき、戻してくれたのだろう。

ペンをとり、記名しかけて、ふと思う。

この募金、希望者のみの任意じゃないのか?

募金したくない、もしくはできない場合は、書かないことで意思表示するのが本来だろう。

しかし、この自治会では、記名をしていないと、差し戻しになるようである。

もし、このまま書かずに回したら、また戻ってきてしまうのだろうか?

うっかり薄気味悪いものを見た、気がする。

あかいはねきょうどうぼきん



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ごきんじょ | コメント(14) | トラックバック(0) | 2018/10/13 11:30

かちょうの話。

タカタ課長は、OL時代の最初の配属先の上司。

新人OLだった私が50のオバサンになったのだから、今のタカタ課長はもちろん課長ではないが、私の脳内では職位が更新されないままだ。

もうずっとお会いしないが、年賀状だけは続いていた。

何年か前にリタイアされて、珍しくお手紙が来て、お懐かしくてお返事したら、しばらくしてその返事、と、ぽつぽつ文通になった。

たいしたことが書いてあるわけではない。現役を退いてお家にいらっしゃるから、日々のトピックにも限りがある。

こっちの返事に書くこともなくなり、ちょっと困ったなあと思い始めたころ。

ある時、近況報告とともに、1枚の鉛筆画が同封してあった。

「麗しのサブリナ」のヘプバーンが、ものすごく丹念に描き込まれている。

絵としては特に感心しないが、タカタ課長がかけた時間を想像するとスルーもできない。

次の返事で社交辞令的に褒めたところ、矢継ぎ早に新作が送られてきた。

作品のテーマは主に往年の映画スターで、スチール写真の模写らしい。

2枚3枚と1度に届く枚数が増え、しだいに封筒が分厚くなっていく。

しょうじき、シロートの鉛筆画なんて、もらっても仕方がない。

遠回しに、せっかくの作品を申し訳ない、と伝えたが、見てもらうのが嬉しいのでお気遣いなく、と言われてしまった。

近頃は、ポストにタカタ課長の筆跡が見えると、なんだか憂鬱でならない。

今日は世界郵便デー

せかいゆうびんでー



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ごきんじょ | コメント(6) | トラックバック(0) | 2018/10/09 11:30

ぽろしゃつ話。

友だちのカナイさんは私と違ってスポーツ万能である。

ハツラツとした彼女は、ジャージが似合う女学生だった。

お子さんが小さい頃、参観日にカジュアルな服装で出かけると、よく先生に間違われたそうだ。

また、ポロシャツとズボン、みたいな、低学年の先生っぽい格好が、好きでよく似合うのだ。

姿勢がいいんだろうね いつもニコニコしてて、元気がいいし

褒めたつもりでそう言うと、タメイキが返ってきた。

それがそうでもないのよ最近…

どしたの?

センセイはセンセイでも センセイが違ってきたのよねえ…

今年に入ってお母さんの具合が悪く、カナイさんは通院に付き添うようになった。

年齢が年齢だから、通えば治る病気でもなく、お母さんを見ているとカナイさんもつらい。

それでも、私がお母さんを励まさなきゃ!と、がんばっている。

気分を明るくしたくて、久しぶりに新調したピンクのシャツをはじめて着た日。

お母さんの診察を待つあいだ、院内のコンビニに向かって歩いていた彼女を

先生!センセイ!

大声で呼び止める人がいた。

怪訝な顔で振り返ると、アッ!と声をあげた相手は病院スタッフらしい制服を着ており

スミマセン… ○○先生かと…

リハビリの先生に似てるらしいのよ私…

たしかに、リハビリのスタッフの人って、ポロシャツ着てるかも。

首にネームプレートかけて、クリップボード持ったらカンペキだよ きっと!

そう言ってみたが、カナイさんは別に嬉しくなさそうだった。

ぽろしゃつ
(写真はイメージで、カナイさんではありません)



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ごきんじょ | コメント(6) | トラックバック(0) | 2018/10/04 11:30
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