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シウマイ本。

土曜の朝はチコちゃん

ちこちゃんにしかられる
「チコちゃんに叱られる!」

ぜったい5歳じゃないチコちゃんの今日の疑問は

なんでシューマイにグリンピースがのってるの?

箱詰めの時、上下が分かりやすいように…というのは私が考えたウソで、理由は意外や、昭和30年代の学校給食であった。

ショートケーキのイチゴのように、見た目の楽しさで子供を喜ばせる工夫らしい。

当時輸入され始めた海外産の冷凍グリンピースが、給食に多用されるきっかけにもなったという。

そもそもの中華料理の焼売にはグリンピースはなかったというから、子供の頃からグリンピースがキライな私にとっては、うらめしい歴史である。

なるほどなあと思いつつテレビを消したが、ちょうどグリンピースのように、プチンと小さく残るわだかまり。

中華料理にグリンピースをのせる話を、読んだことがある気がする。

おぼろげな記憶をたどれば、おそらくは短編小説

食べた人の話だけで、料理法も材料も分からぬ、幻の美味を作ろうとする料理長と弟子がいる。

けっきょく料理長は完成を見ずに亡くなり、弟子である主人公が師匠の遺志を継ぐ。

そうだそうだ思い出した、百花双瞳というその点心が、マーソノーなんちゅうか、なのだ。

双瞳の名の通り、2つの目になぞらえたものがのせてある、という描写も、イマイチ食欲をそそらぬうえ、2個のうち1個がグリンピース。

正体不明のもう1個を探すのが、主人公の苦労なのだが、片方がグリンピースな時点で、たいした料理じゃない気がしてしまう。

しかも、ひょんなことで幻の点心は完成するが、絶世の美味の決め手であるはずのソレが

ええーっ、それェ?

なのである。

食べ物の小説の読後感が未消化というのは、じつに困ったものである。

まぼろしのひゃっかそうどう
(「幻の百花双瞳」 陳 舜臣 著 徳間文庫)



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ブックガイド | コメント(6) | トラックバック(0) | 2019/09/07 11:30

ピーター本。

🌼えほん よみきかせ🌼

公民館の掲示板に貼られたポスターに、チラリと目をやって通過する。

私は今も昔も、この読み聞かせというやつが大の苦手だ。

だいたい芝居っ気が無いのである。さっきまで

はーやーくーねーなーさーい!

鬼の形相で叫んでいたのに、その数分後に、同じ口から、同じ相手に

…むか~しむかし かわいいおひめさまが…

などと、すましてイイ声でご本を読んでやるなんて、できない。

それでも、読み聞かせ=よいお母さんというイメージは強固である。

周期的にネバナラヌという強迫観念に駆られ、読み聞かせようと無理もした。

大きな重い本は眠くなったら厄介だと思い、本棚でいちばん小さい絵本を手に、子供の寝床へ。

パラリと開いて1ページ目。

ぴーたーらびっと

あるところに 4ひきのこうさぎがおりました

なまえはフロプシー モプシー カトンテール ピーター


あー、ダメだあ。

4匹の子ウサギまでは、まあいい。問題は名前だ。

フロプシー モプシー カトンテール。

原語では、ぴょん子にふわ子てな感じなのだろうが、カタカナでは全然ピンと来ない。

かといって、起き上がって別の本を取りに行くのも面倒である。

フロプシー モプシー カトンテール。

これは名前、これは名前だ、と自分に言い聞かせつつ読み始めた。

えー、あるところにー 4ひきのこうさぎがおりましたー

なまえはふろぷし もぷし かとんている


はからずも、

タゴサク モスケ ゴンザエモン

と呼ぶような、イントネーションになる。子供はさっそく引っかかり

なに?なんてなまえ?

えー、なまえはふろぷし もぷし かとんている

なんて?もいっかい、なまえ!

ふろぷし もぷし

子供はキャーキャー喜んで、笑って笑って、やがて笑い疲れて寝てしまった。

話はそこから先に進まなかった。

爾後、本が読みたきゃサッサと字を覚えて自分で読め、という教育方針でうちの子供は育ったが、今のところ大きな支障は出てない、と思う。

ピーターラビット。世界一有名だけど、うちでは名前も呼ばれなかった小さなウサギの、今日は126歳の誕生日である。



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ブックガイド | コメント(8) | トラックバック(0) | 2019/09/04 11:30

モチモノ本。

見たい番組がなくてチャンネルをガチャガチャ…ウソ、今のテレビはそんな音、しない。

とにかく、あっちこっち見ていたら、番組の宣伝が目にとまった。

散らかした家の中のモノを、とにかく全部出して3日で片付ける、という乱暴な番組(→「家のもの全部出して!?3日でお家ダイエット」テレビ東京系)だ。

これは見なければなりません。万が一にも見逃してはならじと、録画予約をした。

私は掃除はキライだが片付けは好きなので、うちは散らかってはいない。

しかし、汚部屋とかゴミ屋敷とか、その手の番組には興味津々だ。

お困りの当事者には申し訳ないが、怖いもの見たさというか、なんでそんなになってしまうのか、知りたい気持ちで、夢中で見てしまう。

登場するお宅の持ち物は、広い体育館のような場所にびっしりと並べてなお足らず、何段にも積み上げられている。

予告を見ていて、本棚の写真集を思い出し、リビングに持ってきた。

ちきゅうかぞく
(「地球家族 世界30か国のふつうの暮らし」 TOTO出版)

マテリアルワールドプロジェクトと称し、30か国の家財を調査した結果のこの本。

申し訳ありませんが、家の中のものを全部、家の前に出して写真を撮らせてください。

そういう写真を集めたものである。

臼と杵、山羊と鶏を並べたエチオピアの草葺の家から、自動車4台に24人掛けの長いソファー、油絵のコレクションを掲げたクウェートの豪邸まで、あらゆる経済状況の様々な家庭の持ち物を眺めることができる。

もちろん、日本の家庭も紹介されている。

それを見ると、日本の家族はじつにこまごまと多数のものを持ち、小さな家に詰め込んでいる、ということが分かる。

外国の風物はとかく素敵に感じる、という点を割り引いても、チマチマして雑多な暮らしぶりだ。

この本の初版は25年前

ベトナムのニュエンさんのお宅にも今はパソコンが置かれ、ハイチのデルフォートさんの小さな息子は、スマホで株取引をしているかもしれない。

しかし、日本の家がぎっしりとモノで詰まっている状況は相変わらずだ。

それを豊かさととらえるか、民族性と見るかは、なかなか難しい。



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ブックガイド | コメント(8) | トラックバック(0) | 2019/08/20 11:30

ペーター本。

佐藤憲吉、という名前にはピンとこない人でも、ペーター佐藤と言えば聞き覚えがあるんじゃないだろうか。

それもご存知ない人も、このサイン↓なら見たことがあるかもしれない。

ぺーたーさとう

ミスタードーナツの持ち帰り用のボックス。あの愛らしい少年少女のポートレートを描いたのが、ペーター佐藤なのだ。

近年はパステルや色鉛筆によるイラストが多かったが、80年代にエアブラシを用いた、未来的でクールなイラストで注目されていた彼の、画集を除く唯一の著書がこれである。

ろまんちっくらいふをつくる
(「ロマンチック・ライフをつくる―いつも美しいものに敏感でいるために」 佐藤 憲吉著 21世紀ブックス)

はじめてこの本を手にした時、私は中学生。

周囲にいる男といえばオッサンガキか、ハナをたらして野球をしているか、ビールを飲みながら野球を見ているかのどっちか。

ところがこの世の中には同じ男でも

僕のロマンチシズムの条件は、透明感があること

とのたまい、

サテンで作ったティアード・スカートの華やかさ

やら

ロマンチックに装いたい時は、ヴェールのついたカクテル・ハット

などというオニイサンも存在するのだ!と、私は大げさではなく、文字通りシビレた

ロマンチック・ライフと銘打たれたとおり、洋服だけではなく、インテリア、アクセサリー、メイクまで、美意識を持って生活する、美しいものを自分で作る、いろんなアイデアや方法が書かれている。

そのあまりのステキさに、木造平屋に住み、ホコリ臭いセーラー服を着た田舎の中学生は打ちのめされたのであった。

ちなみにこの本で

ニューヨークはワシントンスクエアの近くのユニーク・クロージングというブティック

の存在を知っていたため、ユニクロというものが出てきた時、なんだ、パクリじゃん、とすぐに分かった。

昭和52年11月初版、もちろん絶版



今日はペーター佐藤憲吉没後25年に当たり、2014年4月19日の記事を再掲いたします。



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ブックガイド | コメント(4) | トラックバック(0) | 2019/06/23 11:30

アツメル本。

一昨日の記事に、コレクターは男性が多い、というコメントをいただいた。

もちろん女性のコレクターもいるが、お宝鑑定の番組など見ていると、家族が困るほど物を集めてしまう人は、男性が多い気がする。

さいわいうちの身内に、蒐集癖のある者はない。

いちばんの物持ちのおばーちゃんも、好きなものを脈絡なく買う(これはこれで困ったことだが)だけで、コレクションと呼べるものはないようだ。

単なる買い物好きとコレクターの違いは、そこに無いものを欲しがるかどうか、であろう。

お買い物が好きな人はステキなものを目にすると買うが、コレクターは自分の持ち物を眺め、まだ無いものを買う。

コレクションを完全に近づけることが喜びなのだ。

…と、ここまで書いたところで、ヤバいことに気付いた。

私には物故作家の本を探す癖があるのである。

もちろん読むためであり、集めること自体は目的ではない。

なぜ物故作家に限るかといえば、生きている作家は次々と新刊を出す。そんなもんに付き合っていられないのだ。

その点、この世にいない作家の作品は、こんりんざい増えることは無い。お付き合いしていても、心はいたって安らかである。

著作をすべて読み、未読が無くなって、本棚に並ぶ本を眺める満足と安堵。

それはもしかしたら、コレクターの心理に近いのかもしれない。

物故作家のゆいいつの難点は、しだいに世に忘れられ、絶版になることである。

絶版本の相場は天井知らずだが、見た目にはただの薄汚れた古本なので、私が急に死んだらきっと捨てられちゃうだろうなと思うと、ドキドキだ。

しのじょーかー
(この黄ばんだボロい本が6000円)



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ブックガイド | コメント(14) | トラックバック(0) | 2019/06/14 11:30
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