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ロンドン本。

英国に住むと決まったが、何をしてよいか分からない。ネット検索はまだ一般的でなかった時代である。

図書館でカードを見て、それらしき本を探すことを思いついた。

ガイドブック、旅行記、滞在記…端から借りて、とにかく読んだ、その中にこの本があった。

ろんどんろんどん

明治、大正、昭和を生きたジャーナリスト長谷川如是閑の著書である。

時は明治43年。シベリア鉄道で渡欧した如是閑の、英国見聞記。

パラパラめくると「英皇崩御の翌朝」とある。

滞在中に王様の御大葬に接した、貴重な記事であるが、その王様というのがエドワード7世、今のエリザベス女王のおじいさんである。

これからの生活に役立てるには、なんぼなんでも古すぎるだろう。自分でもおかしかった。

しかし、読んでみるとこれが面白い。

先立つこと10年、文豪漱石の滞英記が、劣等感と不全感に満ちたジメジメモードであるのに対し、如是閑の筆致は乾いて明るい。

未知のものを見て、分析して、結論を出す。

そういうことを習慣的にやっている人の、訓練された観察眼が、建築、風俗、政治の在り方、女の服装に至るまで、まっすぐに注がれる。

加えて文章が簡潔で、上手いのだ。

さまざまなガイドを読んだけれども、英国と英国人の端っこを理解するのに、いちばん参考になったのは、もしかしたらこの本かもしれない。

今日は著者長谷川如是閑の没後50年に当たる。



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ブックガイド | コメント(8) | トラックバック(0) | 2019/11/11 11:30

ロンパリ本。

その本を見つけたのは13歳の時。

新刊書なんてほとんど買えない、立ち読み専門の中学生が、ふと手にとって夢中になり、なけなしの1300円を投じたのは「倫敦巴里」という、奇妙な本だった。

ろんどんぱり

戯作贋作と銘打った、不思議な文章と絵のかずかず。

川端康成の「雪国」を、他の作家が書いたらどうなるか。ハリウッドの映画監督が、イソップの「うさぎとかめ」を映画にしたら。

有名漫画家の作風をすっかり真似て、ほんとうに本人が描いたとしか思えないマンガ。

こんなことをする大人がいるんだ、と思うと、薄暗い将来がパッと楽しくなる気がした。

大事に持ち帰り茶の間で眺めていると、表紙に目を留めた父が

なんだ ロンパリって… ふざけた本だな…

何のことか分からず、聞き返すと、ちょっとイヤそうな顔で

片目はロンドン、片目はパリを見てる、 ということだ…

と、教えてくれた。つまりは斜視のことなのだ。

ご本人にとっては心ない差別語だが、無駄にスケールが大きくて、印象的な表現である。

誰かに叱られそうな、そういう言葉を書名に選ぶことも、著者の考え方を示している気がした。

和田誠、デザイナー、イラストレーター。

晩年の仕事であるブックデザインや、週刊誌の表紙イラストは好きではないが、この本は確かに私の一部を作ってくれた。

1977年初版は絶版であるが、未収録作を加えた「もう一度 倫敦巴里」が、2017年に発刊されている。



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ブックガイド | コメント(10) | トラックバック(0) | 2019/10/13 11:30

オウゴン本。

亡くなった父は、贔屓目に見てもあまり本を読む人ではなかった。

それなりに蔵書はあったが、読んでいる姿が記憶にない。

昭和ヒトケタの父には、読書は美徳なり、という刷り込みはあったろう。読まねばと買ってはくるものの、積ん読が多かったのではないか。

そんな父の本棚を

そろそろ整理したいと思うのよ

と、母が言う。

綺麗で楽しくて夢のようなお話が好きな母の読みそうな本は、父の蔵書には無い。おそらくこの先、どの1冊も手にすることはないだろう。

私は分からないから、見てくれない?

と言われて、実家へ見に行った。

国際情勢、経済、税制、すっかり古びてしまったテーマや、旬を過ぎた著者。

ざっと背表紙を見ても、読まねばならぬ、で集めた父の書棚は、やはりつまらなそうに見える。

ところが、処分のため抜き出していくと、意外にも読んだ本が多いことに気付いた。

活字に飢えていた子供時代。

学校の図書室にも飽きて、かといって新しい本はそうそう買ってもらえず、私は父の書棚あさりを始めたのだ。

退屈なビジネス書の間に、ぽつぽつと小説や随筆が混じっている。

さいわいなことに、昔は大人向けの本でも、漢字にルビがふってあった。面白いのも、つまらないのもあったが、読めればそれでよかった。

はじめてのミステリも、父の書棚からだった。

松本清張、角田喜久雄、クリスチィ。

母に見つかると、

そんな大人の本を読んで!

叱られるので隠れて読むと、細かい字で描かれた事件の恐ろしさが、いっそう味わいを増した。

なかでも記憶に残るのは「黒猫 黄金虫」

懐かしくて心覚えの場所を探したが、なぜかその1冊だけが、かき消されたように見当たらない。

今日はエドガー アラン ポオの没後170年に当たる。

くろねこ おうごんちゅう
(「こがねむし」ではなく「おうごんちゅう」と読みたい)



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ブックガイド | コメント(10) | トラックバック(0) | 2019/10/07 11:30

シウマイ本。

土曜の朝はチコちゃん

ちこちゃんにしかられる
「チコちゃんに叱られる!」

ぜったい5歳じゃないチコちゃんの今日の疑問は

なんでシューマイにグリンピースがのってるの?

箱詰めの時、上下が分かりやすいように…というのは私が考えたウソで、理由は意外や、昭和30年代の学校給食であった。

ショートケーキのイチゴのように、見た目の楽しさで子供を喜ばせる工夫らしい。

当時輸入され始めた海外産の冷凍グリンピースが、給食に多用されるきっかけにもなったという。

そもそもの中華料理の焼売にはグリンピースはなかったというから、子供の頃からグリンピースがキライな私にとっては、うらめしい歴史である。

なるほどなあと思いつつテレビを消したが、ちょうどグリンピースのように、プチンと小さく残るわだかまり。

中華料理にグリンピースをのせる話を、読んだことがある気がする。

おぼろげな記憶をたどれば、おそらくは短編小説

食べた人の話だけで、料理法も材料も分からぬ、幻の美味を作ろうとする料理長と弟子がいる。

けっきょく料理長は完成を見ずに亡くなり、弟子である主人公が師匠の遺志を継ぐ。

そうだそうだ思い出した、百花双瞳というその点心が、マーソノーなんちゅうか、なのだ。

双瞳の名の通り、2つの目になぞらえたものがのせてある、という描写も、イマイチ食欲をそそらぬうえ、2個のうち1個がグリンピース。

正体不明のもう1個を探すのが、主人公の苦労なのだが、片方がグリンピースな時点で、たいした料理じゃない気がしてしまう。

しかも、ひょんなことで幻の点心は完成するが、絶世の美味の決め手であるはずのソレが

ええーっ、それェ?

なのである。

食べ物の小説の読後感が未消化というのは、じつに困ったものである。

まぼろしのひゃっかそうどう
(「幻の百花双瞳」 陳 舜臣 著 徳間文庫)



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ブックガイド | コメント(6) | トラックバック(0) | 2019/09/07 11:30

ピーター本。

🌼えほん よみきかせ🌼

公民館の掲示板に貼られたポスターに、チラリと目をやって通過する。

私は今も昔も、この読み聞かせというやつが大の苦手だ。

だいたい芝居っ気が無いのである。さっきまで

はーやーくーねーなーさーい!

鬼の形相で叫んでいたのに、その数分後に、同じ口から、同じ相手に

…むか~しむかし かわいいおひめさまが…

などと、すましてイイ声でご本を読んでやるなんて、できない。

それでも、読み聞かせ=よいお母さんというイメージは強固である。

周期的にネバナラヌという強迫観念に駆られ、読み聞かせようと無理もした。

大きな重い本は眠くなったら厄介だと思い、本棚でいちばん小さい絵本を手に、子供の寝床へ。

パラリと開いて1ページ目。

ぴーたーらびっと

あるところに 4ひきのこうさぎがおりました

なまえはフロプシー モプシー カトンテール ピーター


あー、ダメだあ。

4匹の子ウサギまでは、まあいい。問題は名前だ。

フロプシー モプシー カトンテール。

原語では、ぴょん子にふわ子てな感じなのだろうが、カタカナでは全然ピンと来ない。

かといって、起き上がって別の本を取りに行くのも面倒である。

フロプシー モプシー カトンテール。

これは名前、これは名前だ、と自分に言い聞かせつつ読み始めた。

えー、あるところにー 4ひきのこうさぎがおりましたー

なまえはふろぷし もぷし かとんている


はからずも、

タゴサク モスケ ゴンザエモン

と呼ぶような、イントネーションになる。子供はさっそく引っかかり

なに?なんてなまえ?

えー、なまえはふろぷし もぷし かとんている

なんて?もいっかい、なまえ!

ふろぷし もぷし

子供はキャーキャー喜んで、笑って笑って、やがて笑い疲れて寝てしまった。

話はそこから先に進まなかった。

爾後、本が読みたきゃサッサと字を覚えて自分で読め、という教育方針でうちの子供は育ったが、今のところ大きな支障は出てない、と思う。

ピーターラビット。世界一有名だけど、うちでは名前も呼ばれなかった小さなウサギの、今日は126歳の誕生日である。



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ブックガイド | コメント(8) | トラックバック(0) | 2019/09/04 11:30
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