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すーつの話。

この春就職したムスメの会社では、服装は必ずしもスーツでなくてもよいらしい。

私が新卒で就職した会社は、いわゆる堅い業界であった。

男性は全員ワイシャツにスーツ、それもダークブルーの無地。縞ものや茶色は歓迎されない。

制服じゃないけど、制服みたい。みんな同じように見える。

新入社員の私は、研修を終えて配属になった部署で、同期と一緒に並ばされた。

これから君たちと仕事することになった サカクラだ 

直属の上司は、胸を張って堂々と言った。

40代くらいか、体格も態度も立派なのに、なぜだろう、なんだか貧相である。

大学を出たばかりの若造が、不遜なことだと思われるだろうが、どうも尊敬の念が湧かない。

しばらく理由が分からなかったが、やがてサカクラ氏の背広が、他の社員に比べ、格段に安物なのに気づいた。

その昔、祖父が輸入業をやっていた加減で、私の身の回りの男、父や叔父は全員、商売ものの輸入生地を仕立てた背広を着ていた。

化繊をミシンで縫ったような背広を、私はその時はじめて見たのである。

サカクラさんは部下に優しく、責任感の強い、いい人だった。しかし、もちろん背広のせいだけではなかっただろうが、職場の中でどことなく軽んじられていた気がする。

一緒に営業に出た時など、上着を脱ぐとずっとステキに見えて、本当に惜しいなあ、と思ったことは忘れられない。

今では「吊るし」なんて言葉も死語となり、既製服もきちんと身に合うようだ。

サカクラさんも今なら、もっと高く評価されているかもしれない。

つるし



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むかしむかし | コメント(6) | トラックバック(0) | 2017/04/10 12:39

みそしる話。

ムスコが一人暮らしのアパートに移って、1週間。

入学関係の諸手続きも落ち着いたころだろうと電話を入れてみた。

どうしてる?どんな具合?

…んー まあまあ… 意外に大丈夫…

ゴハンなんかどうしてるの?

…ネットで見て… 昨日味噌汁作った…

みそしる

そーなんだ ダシとかとって?

…ウン…

なんとなく歯切れの悪い口調なので、電話口で思わずニヤッとする。

うちより美味しかっただろ

そう言ってやると、ムスコはホッとしたように

…ウン… 実はそう…

そりゃそうだ。

家で使ってる味噌はいちばん安いやつ。だし昆布もイリコも特売だ。

ちゃんと作り方を見て、きちんとダシを取って、マジメに作ったら、料理がキライな私がテキトーに作るより、おいしいに決まっている。

…コーヒーとかもさ… そんなに高くなくて ずっと美味いのあるよ… 知ってる?

知ってるよ うちで飲んでるのは たぶん一番マズいやつ!

…え… そーなんだ…

ムスコは、軽くショックを受けている。

良かったなムスコ、これからどこに行っても、何を食べても、うちより美味しいぞ。

オフクロの味なんか、忘れて暮らせ。

そして心のおもむくまま、遠くに行け

こうして、ムスコの新生活がはじまる。



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ごかぞく | コメント(12) | トラックバック(0) | 2017/04/09 12:28

たりらり話。

その頃、私には怖い場所があった。

軒下にプランター代わりのスチロールの魚箱が並ぶ、ありふれた下町の通り。

他の季節には通り過ぎてしまう道が、春先の今ごろだけ恐怖の巷と化す原因は、だった。

ヒガンバナから儚さを引いて、バタ臭さを足したような花が、その通りに並ぶのだ。

太い茎に突き出した真っ赤な花は、険しい顔で首を伸ばし、こちらを見ている気がした。

おまけに通りの住人は、みんな園芸好きで仲良しらしく、花は株分けされて、年々増えていく。

軒先を伝って花がジワジワ広がっていくのは、宇宙人の侵略みたいだった。

その花が咲きだすと、なるたけそこを避け、どうしても通らねばならぬ時は、全力で走り抜ける。

心楽しい新学期に、このことだけが憂鬱だった。

学校でリコーダーを習い始めたのはその頃だったと思う。

♪ ソ ラ ソ ド ソ ラ ソ~ ラ ラ ソ ラ ソファ ミレ ミ~ド~ ♪

思った通りの音が出ると、優しいメロディーがたのしい。

教科書の楽譜には、歌詞もついている。

♪ ら り ら り ら り ら~ し ら べ は アマリリス~ ♪

アマリリスって、かわいい名前だけど、何だろう?図書室で図鑑を調べると

あまりりす

それはあの、怖い花だった。

私ももう大人だから、花を見て怖気づいたりはしない。

でも、この迫力十分の赤い花には、アマリリスなんてかわいい名前も、らりらりら~と優しい歌も、全然似つかわしくないと、今でもそう思っている。



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むかしむかし | コメント(8) | トラックバック(0) | 2017/04/08 11:40

べたべた話。

よく知りもしないのに、なんだか虫が好かない人、というのはいるものだ。

帰宅ラッシュの通勤電車の中。

週半ば、くたびれた勤め人の群れの中に、その声が聞こえた。

…でネ その人が言うのよネ…

大きな声ではないが、どこか聞こえよがしな、ベタベタした甘え口調が耳に障る。

ただでさえ疲れた一日の終わりに、聞かされるには不愉快な声である。

見れば2匹の室内犬のように、よく似た女性の2人連れ。パッと見て姉妹かと思ったが、もの言いからして、どうやら母娘らしい。

服装や髪形までそっくりの、友達母娘ってやつかもしれない。

…アタシはちゃんとやってるのにサ… まだやってないのかとかサ…

延々と聞こえるのは母親のベタベタ声だけで、娘の相槌は聞こえない。

仕事や上司の愚痴を娘にこぼす、というのもなんだかなあ。

…もう4分の1終わってるんだぞ!とか 急に言いだしてサ…

何の4分の1だろう?娘も同じ思いだったらしく、ここまでではじめて聞こえる声で

4分の1って 人生の4分の1

と尋ねた。

ちがうわよ!1年の4分の1

母親はヒヒヒと笑いながら

…人生の4分の1って…アタシの人生2百年

乗り合わせた全員が、割り算の暗算をしたと思う。

お若く見えて、ケッコーいってますねお母さん。

声は相変わらずベタベタしていたが、なんだかもういいや、という気分になった。

といぷー
(ソックリだけどどっちかが母親)



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ごきんじょ | コメント(6) | トラックバック(0) | 2017/04/07 11:36

かついだ話。

食品庫を開けたら、地ビールのビンを見つけた。

ムスコの大学がある街の名前がついている。

ようやっと志望校が決まったころ、デパ地下で見つけて買ったものだ。

私は元来縁起を担ぐほうではない。ジンクスなども、なるったけ作らないようにしている。

しかし、ムスコの受験に際しては、ご縁ということを強く考えた。

中学生の時、涙目になって

塾に行くくらいなら死ぬ

と言ったムスコが、はたして大学にもぐり込めるのか、不安だったのだ。

たまたまめくった雑誌にその街の記事があれば、

きっとご縁があるんだワ

と思い、デパートの物産展でその街のお菓子を見つければ

やっぱりご縁があるんだワ

と思い、点けたテレビがその街の特集番組なら

どうもこれはご縁があるようだワ

と思う。そんなことが、ひそかな心の支えだった。

もちろんそんなコッ恥ずかしいこと、誰にも口に出して言ったことはない。

その街の物産や名物を見ると、つい買ってしまう、そんな1年を過ごして、ご縁がある妄想は、運よく現実となった。

これからはまた、違う気持ちで、この街の名を見るだろう。

天気予報でも、地震速報でも、いちばんに見るにちがいない。

明日は入学式。ムスコの街のビールを抜いて、1人乾杯しよう。

じびーる



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ごかぞく | コメント(10) | トラックバック(0) | 2017/04/06 11:30

たつとり話。

バタバタとあわただしく、ムスコが引っ越していった。

遠くの街の大学に行くためである。

荷造りも諸手続も、案の定ギリギリになって、忙しい数日が夢のように過ぎ、立つ鳥が跡を濁して行った家の中で、いま私はボーッとしている。

子供が家を出るというと、寂しいでしょ…寂しくないの…寂しくなるわよ…そんなことばかり言われる。

寂しいのかな、と考えてみるが、あまりピンと来ない。

いつまでも子供と同じ家に住んでいれば、寂しくないのだろうか。

もし幼稚園の頃に引き離されたら、それは寂しいだろう。幼い子供は母親にとって自分の一部だからだ。

しかし高校生になったムスコは、私とはぜんぜん違う人間で、食べ物の好みも音楽の趣味も、どこをとっても別っこなのだから、別々に住んで当然、という気がする。

今日まで何度も衝突し、時にはお互いがお互いに失望して、認めざるを得なくなったのは、自分は子供と違うということ。

巣の中に暖めているのが、自分とは感じ方も考え方も違う、他の人だということを、少しずつ諦めて受け入れるのが、子供を育てる、ということなんじゃないだろうか。

だとすると、寂しさは子供が出て行く、その一時のことではなく、子供が育つ過程に、ずっと付きまとってきたものかもしれない。

朝食の後片付けをしようとキッチンに立つと、こんなものが目に入った。

へた3

レギュラーコーヒーの袋の、封を切った切り口のヘタである。

ムスコはこの手のヘタを捨てずにそこいらに置いておく癖があり、何度注意しても治らなかった。(→ 「すてない話。」

最後の朝にも、やはりムスコはムスコらしくふるまったわけである。

なんだかおかしくて、1人プッと笑ってから、つまんだヘタをゴミ箱に捨てかけてふと思い直し、シンクの脇の引き出しにしまった。


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ごかぞく | コメント(14) | トラックバック(0) | 2017/04/05 10:56

ふぉーのひ話。

ふだんなら仕事のある日なのだが、なぜか休みが入っていて、ゆっくり起きた。

4月4日。

なんで休んだんだっけな。何かあった気がするけど、思い出せない。

ムスコの引っ越し支度で家の中はぶっくら返っている。

4月4日。

なんか引っかかるな、と思いつつ、コーヒーを淹れてソファに座った。

テレビを点けたら「今日はフォーの日というCM。

ふぉーのひ

4月4日。

4だからフォーか。ムリヤリだなあ。いかにフマジメな私といえども、ベトナムの麺のために仕事を休んだりしない。

窓の外はいい天気。まあいいや、せっかくの休みを楽しもう、と、身体を伸ばしたその時。

♪ぴんぽーん♪

ドアチャイムが鳴った。

どうも~ ガス設備の法定点検にうかがいました~

ぎゃー!

4月4日、これだった!

家は史上最大規模に散らかっているうえ、私はネマキに毛が生えた、いや、ネマキから3本毛が抜けたくらい、ヒドイ格好である。

確かわざわざ指定して、今日4月4日にしてもらったので、出直せとは言えない。

ゴメンナサイ忘れてて… 家がメチャクチャなの…

言い訳がましく、さわやかな笑顔のガスのお兄さんを、招き入れる。

全然大丈夫ですよ~! 元栓はここと… ファンヒーターもご使用ですね!

しゃがみかけたお兄さんの足元にホコリのかたまりが見えたので、超光速でつまみあげた。

家と家主のキタナさにもかかわらず、点検は問題なく終わり、サインを求めるお兄さんに

ホントに散らかってて… このことはどうか ご内密に

思わず小さい声になると

わかりました… 

お兄さんまでがなぜか眉をひそめ、ヒソヒソ声になった。



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てれびじょん | コメント(10) | トラックバック(0) | 2017/04/04 11:45

ふろしき話。

ついにスマホを買った私。(→ 「すまほの話。」

価格や性能もさることながら、これから毎日持って歩くと思うと、外観や耐久性も気になる。

だいたいがハデ好きだし、カバンの中で行方不明になっては困るので、黄色がいいなあと漠然と思っていた。

お色はホワイトかレッド、シルバーになります

え?そんだけしかないの?こんなに高いのに?  ※心の声

いろいろなカバーがお選びいただけますから…

えっ?このうえカバー買うの?こんなに高いのに?

それから、画面保護のためのフィルムですが……

えーっ?フィルム無いと割れるの?こんなに高いのに?

どこをどう考えてもヘンな話だ。

何万円もする高価な商品なのに、買ってきてそのままでは使えないのである。

この品物は色もデザインもいいのがないし、汚れやすくて壊れやすいですよ、と、最初から開き直っているなんて、企業の姿勢としていかがなものか。

例えば、シャツを買いに行く。店員が

ヘンなデザインなので、気に入らないなら上からもう1枚着てくださいね~

と言ったらどうだ。

あるいはカバンを買いに行って、

持ち歩くと壊れやすいので、別売りのフロシキで包んで使ってくださいね~

と言われたら、どう思うか。

世のスマホユーザーが、誰も怒りだすことなく、おとなしく黙っている理由がわからない。

ふろしきつつみ
(だったら最初からフロシキでよかった)



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もろもろ | コメント(14) | トラックバック(0) | 2017/04/03 11:30

すまほの話。

ケータイを持っていなかった私とムスコ(→ 「けーたい話。」)であるが、来たるべき1人暮らしに備え、いよいよ観念した。

親子で人生初のケータイショップの前に立つ。

感慨にふける間もなく自動ドアが開いてしまったので、導かれるまま店内に入った。

電気屋さんのようなものを想像していたが、銀行のように番号札を取り、窓口でご相談する形式なので、緊張が高まる。

やがて番号が呼ばれ、今日の用件を聞かれたので

スマホが欲しいんですけど 私とこの子の…

客室乗務員のような制服のおねえさんが、にこやかに

ケータイからの機種変更ですね ただいま…

言いかけるのを遮って

いえ、ケータイ持ってないんです!

そう言うと、おねえさんは少し戸惑ったが、ムスコの顔を見て、ああ、と納得したように

あ、お子様はおはじめてですか でしたら学割の…

そう言うのをさらに遮って

いえ、私も持ってないんです!

目の前の親子が、ここでも他社でも、スマホはおろかケータイも持ったことのない、まったくの新規客だということを、客室乗務員風の窓口嬢に信じてもらうのに、少し時間がかかった。

プロとしての姿勢を立て直したCA嬢は購入手続きに入ったが、これがはかどらない。

CA嬢はなんとかルーティンのセールスに入ろうとするのだが、なにしろこちらは人いちばい猜疑心の強い性格である。さらっと説明が済みそうになるたびに

ギガってどれくらいの量なんですか?

とか、

それって何のために要るんですか?

とか、つい聞き返してしまう。ケータイにすら不案内な人間のこと、わからないことがモノスゴクいっぱいあるのだ。

おまけにビンボーでケチなので、割引にはしてほしい。

そのうえ、薄くて持ちにくいとか、黄色は無いのかとか、モンクは多いのである。

CA嬢のまとめ髪が次第にパサつき、明らかに疲れが見えてきたが、こっちだってヘトヘトだ。

電子レンジを買うようなものだろう、と、お昼前に気軽にやってきて、じつに5時間

ようやくスマホが我々のものとなった。

小粋に結んだスカーフまで、ぐったり垂れてきたCA嬢に、芯からホッとした様子で見送られ、店の外に出れば、日は傾き始めていた。

…ハラ減ったな… 

どっかで食べる?何にする?

スマホで検索したら…

イヤだよ!今日はもう、見たくもない

私のスマホライフは、どうやら前途多難のようである。

でびゅーふじん



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もろもろ | コメント(18) | トラックバック(0) | 2017/04/02 12:42

イタズラ本。

子供の頃、海外に実際に行ける人はほんの一握り。外国の風土や生活習慣を知るよすがといえば、日曜日の朝の「兼高かおる世界の旅だけ。

これはそんな時代の私に、欧米への憧れを、ヘンな風に育てた本である。

いたずらのてんさい
(「いたずらの天才」 文春文庫)

題名の通り、イタズラの本だ。

大のオトナが、面白いからというだけの理由で、時には少なからぬ費用や労力を注いで、じつに様々なイタズラを工夫する。

大人はふざけたりするものではない、と、かたく信じていた昭和の子供にとっては、衝撃だった。そんな人がいっぱいるなんて、外国はすごいなあと感心した。

右肩上がりの進歩が信じられていたあの時代、欧米化は無条件で素晴らしいことであった。

子供の私はこの本を読んで、やがて日本でも、こんなふうに皆がイタズラをやるようになるのだと考え、ワクワクした。

あれから日本もずいぶん国際化したが、いわゆるプラクティカルジョークが定着したようすはない。

ハロウィーンやらイースターやら、けったいな習慣がさっさと定着するのに、エイプリルフールは今一つパッとしない。

お菓子やグッズが売れるような行事ではないので、企業が乗り出して来ないのが最大の要因だろうが、思うに日本人はクソマジメなのだ。

今日もごく少数の人がヘタクソな四月馬鹿をやるかもしれないが、あまり期待はしていない。

「いたずらの天才」は1975年3月刊、やっぱり絶版である。



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ブックガイド | コメント(8) | トラックバック(0) | 2017/04/01 11:30
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