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○○まま話。

♪ぷるるる… ぷるるる…♪

朝も早よから、ナニゴトカと電話を取れば

おはよー! ムスメママ、起きてたー?

元気な声が飛び込んできた。

春休み、姪っ子が実家に遊びに来ている。

この子は小さい時から、私のことをムスメの名前ママ、で呼ぶ。

ママ友付き合いで、たとえばサリーちゃんのお母さんをサリーちゃんママ、アトムくんのお母さんをアトムママなどと呼ぶ、その要領だ。

りかちゃんまま
(リカちゃんママこと香山織江さん。若すぎだろ!)

遅く生まれたひとりっ子のメイちゃんにとって、10歳年上のムスメは憧れの存在。

背が高くて、絵がうまくて、年上のイトコのおねえちゃん。

盆と正月しか会えない、というレアキャラ性もあっただろう。

ムスメにコロコロついてまわる小さなメイちゃんは、かわいい室内犬のようだった。

伯母である私は、メイちゃんにとっては、ムスメのフロクだったのだ。

時は流れて、仔犬のメイちゃんは、若い鹿のようにスラリとした中学生になった。

ムスメは家を出て就職し、そうたびたびは帰ってこられないから、メイちゃんが来ても会えずに過ぎることも増えた。

ムスメがいなくても、メイちゃんはやっぱり私をムスメママ!と呼ぶ。

子供が大きくなり、自分が母親であると意識しなくなったこのごろ。

こうしてムスメママ!と呼ばれるたび、気恥ずかしいような、不思議な感覚がよぎる。



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ごかぞく | コメント(8) | トラックバック(0) | 2018/03/31 12:00

まんかい話。

花は好きだが花見はキライだ(→ はなみの話。)。

無神経に広げたブルーシートも、そこにケツをのせて顔を赤くしている連中も、好きになれない。

今年も花見と名のつく花見の予定はないが、唯一、頼もしいウバザクラの集まる会合がある。

ただ、この集まりは毎年非常にお花見運が悪い。

前回は早すぎたので今年は遅めにしたところ、あんのじょう気候は反対方向に動き、ウバザクラは葉桜の下、粛々と集まる見込みである。

そんなわけでお花見とは縁もなく、期末のバタバタで行ったり来たり。

電車の時間を気にしながら住宅地の道を急いでいたら、中学校の門前を通りかかった。

卒業式を終え、入学式を待つ今の時期は、部活の生徒の出入りもなく、ひっそりとしている。

なぜか頭上が明るく感じて、振り仰げば、曇り空に満開の桜

まんかいのさくら

屏風に描かれた胡粉の桜のように、ひとつひとつの花が、ぜんぶこちらを向いている。

足元にはひとひらの落花もない、奇跡のような本当の満開だ。

風が運ぶささめきは、ウグイスの試し鳴きらしい。

前にも、後ろにも、誰もいない。永遠に思える、わずかな時。

ハッと我に返り、駅への道を急ぐ。

私の花見は、これでいい。



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もろもろ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2018/03/30 11:30

せんばつ話。

朝の番組を機嫌よく見ていたら、ヘンな時間に、ぶった切るように終わってしまった。

また国会か!

首相のバセットハウンドに似た顔を想像し、ウンザリしていたら、朝日の照るグラウンドが映った。

あー、高校野球かあ。

春と夏にやってるうち、春のやつは、なんだか急に始まる

夏のは各県で延々と予選をやっているので、スポーツに関心のない者にも、知らず知らずもうすぐ高校野球だな、とわかるが、春にはそれがない。

選抜高校野球」とあるところを見ると、何か任意の基準で出場校を決めているらしい。

私の認識は、まあその程度だ。

たまにセンバツとカタカナで書いてあるのを見るが、私はあれが大キライである。

カタカナがキライなわけではない。

「セン」とか「バツ」とか、柔らかみや余裕がない音は、カタカナと相性が悪い。「センバツ」とあると、尖ったものを突き付けられたような、物騒な気分になるのだ。

だいいち、そう難しい漢字でもないのに、カナに開く理由が分からない。

調べてみると、主催する新聞社の仕業らしい。

言葉で仕事してるくせに、センバツなんてイヤな感じの言葉をヘーキで使うあたり、やっぱり新聞って好きになれない。

そんなにカタカナが好きなら、テメーんとこの新聞をカタカナにしてみろっつんだ。

マイニチ新聞。いいんじゃない、かわいくて。

ばせっとはうんど
(年中ドーモスイマセンと言っているような顔)



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てれびじょん | コメント(14) | トラックバック(0) | 2018/03/29 11:30

しょみんの話。

リタイアした知人に会いに出かけた。

高級住宅地にある、高齢者向けケア付きマンション、というやつだ。

久しぶりに話し込んで遅くなり、フロントからタクシーを呼んでもらった。

ホテルのようなエントランスに、滑るように入ってきたクルマに乗り込んで、行き先を告げる。

丁寧な応対のドライバーは、しばらく無言で車を走らせていたが、ふと

お母様ですか?

と聞かれた。さきほど知人が車を見送ってくれたので、そのことだろう。

いえいえ… 昔、お世話になった方… ウチの母にあんな高級なとこ、無理ですよ!

そう答えると、急にくだけた口調で

らしいスねー! 入る時に何千万も払って プラス毎月10万以上かかるって

へえー!道理でベルサイユ宮殿みたいだったわ!

あんなとこに入る人、普通の勤め人じゃないでしょう

さっきのあの方も、ああ見えて経営者

やっぱりね!

最初の礼儀正しさを忘れたような、友だち口調で話が弾み、目的地に近づくころには

まあわれわれ庶民は 宝くじでも当てないと無理っつうことですな!

2人の間には美しい仲間意識が育っていた。

駅前のロータリーが見えたところで、ドライバーさんは早めにメーターを止め、

1300円でよろしいワ

少しサービスしてくれた。

高級マンションに住むのもいいが、こういうのも悪くない。

こうきゅうまんしょん



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ごきんじょ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2018/03/28 11:30

シリタイ本。

記事を2、3お読みいただければお分かりだろうが、細かいことが気になる性分だ。

身の回りにあることにとどまらず、本を読んでいてもすぐにひっかかる。

過去を舞台にした小説などは

この時代にそれはないだろう!

とか

欧米か!

などと、突っ込みながら読む、根っからの揚げ足取り体質である。

時代小説でも古いものは、作者自身かまどで炊いたご飯を食べ、畳の家に暮らした人たちだから、あまり違和感はない。

しかし、生まれた時からエアコンの中でケイタイを見て育った若い世代の作品には、どうもヘンチクリンなのがある。

ファンタジーと割り切ればいいのだろうが、書いた本人はそのつもりではないらしい。

とはいえ私だって、何がおかしいと問い返されれば説明できない。

ちょっと勉強しないと、と思い、こんな本を買ってみた。

ずかいにほんのしょうぞく
(「図解日本の装束」新起源社)

見開き2ページで、各時代、階層の服装や装身具などを見やすく説明している。

これでめでたく、天平と鎌倉の僧侶の服装の違いも、裁付袴の構造も、わかるというものだ。

本屋の袋から出していると、春休みで帰省中のムスコが目を止め

あ… オレも持ってる… 

えっ、同じ本?かぶった?

いや… おんなじシリーズだけど、違うやつ…

そう言ってムスコが出してきたのがこれ。

ずかいきんせつぶき

き、近接武器?

ムスコよ、お前は一体全体、何を知りたかったんだ。



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ブックガイド | コメント(10) | トラックバック(0) | 2018/03/27 11:30

らいおん話。

うちの団地周辺には、注文建築の戸建て地区もある。

手入れのいい生垣に囲まれ、重そうな瓦を乗せた、堂々たる和風建築に、アーチ形のエントランスとスタッコ壁のスパニッシュ様式の豪邸。童話の主人公がいそうな、赤い三角屋根の家。

さまざまに趣向を凝らした個性的な家々が、隣り合わせに並んでいるのは、きっととても日本的な光景なのだろう。

いつものパン屋に行くのも、そんな住宅地を通る道。

急がない朝は、軽いパンの袋を下げて、あの家、この家と楽しく拝見しながら、家へ帰る。

マンション住まいの身の上で、特に気になって眺めるのは門である。

さりげないの、瀟洒なの、居丈高なの、住人の気質を表しているようで面白い。

中に1つ、ちょっと気になるお宅がある。

ライオンがハンドルをくわえている、ちょっと古いタイプの門。左右一対のライオンの右だけが、いつもサカサマなのである。

くわえた輪型のハンドルが、ライオンのおでこに当たって、苦しそうだ。

気になりだすと目障りで仕方ない。

おそらくグルンと回せば戻るのだろうが、知らないお宅の門に、用もなく触れるというのは、やはり抵抗がある。

ずっとサカサマで平気だなんて、ここんちの住人はどうかしてる!と、軽い憤りを感じたり、

♪ピンポン♪あのーお宅のライオン…

いっそ訪問しちゃおうかしら、とまで思いはじめた時。

何の前触れもなく、ライオンが正しい位置になったのである。

これでいい、これでいいはずなのだが、そうなると今度は物足りない。

ヤキモキ気をもんだ私がバカみたいではないか、などと思うと、楽しいパン屋通いが、ちょっぴり味気なくなった。

そんな中、散歩日和の日曜日。

ライオンの門を通りかかったら、懐かしや、右のライオンがサカサマになっている。

前は苦しそうと思ったサカサマ君が、なんだか笑っているようだった。

らいおんさゆう
(嬉しくなって携帯持って出直し、撮った写真)



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ごきんじょ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2018/03/26 11:35

やまんば話。

わざわざチャンネルを合わせるわけではないが、気づけば健康番組を見ていることが増えた。

めいいのざたいこばん

若い頃は、たまたまテレビを点けた時にやってても、歌番組やドラマに変えていたが、近頃は

辛い痛みを解消!最新腰痛克服スペシャル!

とか、

毎日たった3分で変わる!健康寿命!

などとあると、つい見入ってしまう。先日も

口の衰えは老化の始まり!あなたは大丈夫?

という番組を、食い入るように見てしまった。

口腔機能の低下が全身の健康に影響するらしい。

様々なチェック項目の中に、大きく口が開くかどうか、というのがあり、鏡を見ながらやってみると、驚いたことに想像した半分くらいしか開いていない。

たしかにこの年頃になると、年に2度の歯科検診くらいしか、口を大きく開ける機会がない。

名医によれば、時々大きく口を開けることで、だんだん開くようになるというので、ときどき思い出しては開けている。

1人暮らしの家の中、何もない中空に向かって、いきなりガバーッと口を開けるオバサン。

鬼気迫る光景である。何も知らない人が覗いたら、ギャーと叫んで逃げだすだろう。

ふと考えた。

世界各地の民話に出てくる、ヤマンバとか魔女とかって、そういうことじゃないのか。

1人暮らしのオバアサンが、そういえば最近開けないな、くらいの気持ちで、何の気なしにガバーと口を開けてみる。

そこにたまたまやってきた近所の誰かが食われるかと腰を抜かし、

あの家にヤマンバがいるぞ!

と、村で言いふらす。

かばってくれる家族もなく、誤解は解けないまま。

ごく普通のオバアサンが、皆が恐れる怪物になる瞬間である。

なんだか、ちょっと身につまされる。



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てれびじょん | コメント(10) | トラックバック(0) | 2018/03/25 11:50

おかずの話。

1人暮らしになって、料理なんか全然しなくなるかも、と思っていたが、案外そうでもない。

習慣ってオソロシイものだ。

夕方になれば何にしよう、と考えるし、帰りの電車の中では、冷蔵庫のアレを食べなきゃ、なんて思っている。

作り過ぎて失敗もしたが、今は2、3日分のオカズを毎日1つずつ作り、今日の、昨日の、一昨日の、と3品食べる感じに落ち着いた。

週末に全品作り置きするやり方もあるが、それだと週末が苦痛だし、変わり映えしない。

日に1品なら大した手間でもないし、毎日1つは新しい料理が食べられる。

図解するとこうだ。

めにゅー

買い物に寄って、ふだんとは違う方向から帰った日。

ある家から香ばしいニオイがしてきた。ショーユとミリンを使った、甘辛の煮物らしい。

そういえば、ここんちはいつも、こういうニオイがする。

この時間にこのニオイはツラい。ペコペコのお腹が、グーッと鳴った。

小走りに家に帰り、クリームシチューにする予定だった野菜をニッコロガシにした。

鍋の煮汁が、お腹の減るいーいニオイをさせながら、煮詰まっていく。

イカンなあ、ご飯が欲しい。明らかに、さっきのニオイの影響だ。

甘辛いオカズをご飯と食べながら、あそこんちはいっつもおショーユっからい味付けらしいけど、健康面大丈夫なのか、などと、余計な心配をしてみたりする。



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ごきんじょ | コメント(8) | トラックバック(0) | 2018/03/24 11:30

ワタシノ本。

ワタシ私と頭を悩ましていたためか(→ わたしの話。)、この本のことを思い出した。

たまごとわたし
(「卵と私」 マクドナルド著 晶文社)

これは1940年代のアメリカのベストセラー。

水道もガスも電気もない僻地で、未経験の田舎暮らしに奮闘する若妻時代を描く「卵と私」

養鶏場経営に失敗、離婚して子連れで実家に戻った著者が、大恐慌のアメリカで職を転々とする「仕事と私」

安定した職を得るや、同僚から結核に感染、療養所生活になる「病気と私」

戦時下の住宅難で再婚相手との新居探しに右往左往する「暮らしと私」の、4冊シリーズである。

…と、あらすじだけでは悲惨で苦しい体験記のようだが、けっしてそんなではない。

鋭い観察力を備えた著者の言葉はユーモラス。大変な状況でもメソメソ感傷的にならず、サッパリと客観的で、ドライなのだ。

初めて読んだ30代の頃は、思わず声を立てて笑った記憶がある。

大好きな本だけど、そういえばしばらく読んでいない。久しぶりにページをめくってみた。

やっぱりよく書けているし、面白い。でも、昔のようには笑えなかった。

若い頃は主人公ベティーを、自分に重ねていた。

彼女の失敗を自分のドジのように感じ、トホホと失笑した。

今はそれができない。

彼女が結婚したのは18歳、離婚が23歳、結核療養所に入ったのが30歳である。

そんな若い子が、世の荒波にもまれ、次々と辛い目に遭って、それでも笑っていたのかと思うと、かわいそうでかわいそうで、たまらない。

私はベティーの母親になってしまったのだ。

もう笑える本ではなくなったけれど、違う意味で大切に思えて、扉のある本棚にしまった。



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ブックガイド | コメント(12) | トラックバック(0) | 2018/03/23 11:30

わたしの話。

駅までの道を走っていたら、目の端に何かがとまった。

それは小さな店の前に立つノボリ広告

えっ?!

立ち止まって確かめたいが時間がない。

スピードを緩めず走り続けて、予定の電車に飛び乗った。

車窓を流れ去る景色を見ながら、さっきのあれは何だったんだろうと考える。

わたしとからだ

そう書いてあった気がする。

私と身体?

ワタシ&カラダ?


犬と猫。赤と黒。

通常「と」という接続詞で結ばれるのは、並列の事象だ。

猫ではない犬と、犬ではない猫。黒ではない赤と、赤ではない黒。それを並べるのが「と」の働きである。

私と、私ではない身体。じゃあその身体は、誰の身体なのか。

なんだか気持ち悪くなってきたので、方向転換する。

そうだ、きっと、読み間違ったんだ。

わたしからだ

なら、どうだろう?

私の身体。ぜんぜんおかしくない、フツーの言葉だ。

しかし今度は、フツーの言葉を、なぜわざわざノボリ広告にするのか、という疑問が湧く。

あるいは、もっと他の読み間違いだろうか。

わたしだからだ?

わたとしだから?

わしとたからだ?

わにしからくだ?


一向に納得できる結論に達しない。

しばらくあそこに行く予定はないのだが、ノボリを見るために出かけるべきか、迷っている。

ふうりんかざん
(これくらいわかりやすいノボリならよかった)



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もろもろ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2018/03/22 11:30
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