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すとれっち話。

50を過ぎてから、冷えると腰痛が出る(→ ようつう話。)。

寝込むほどではないが、ほっとくとヤバいかも、という予感はある。

先輩がたのご指導も得て乗り切ってきたが、腰痛対策とあれば、若い頃はバカにしていた健康番組にも、チャンネルを合わせるようになった。

めいいのざたいこばん

先日、フトモモの筋肉のストレッチを紹介していた。試してみると、たしかにこわばりがある。

テレビの前でフトモモを伸ばしながら思い出した。

そういえば、おシリの筋肉が硬いのも、腰痛の原因だと聞いたことがある。

あの時教わったおシリのストレッチもやっておこう。

これで腰痛は大丈夫!

そう思って就寝した翌日。

イテテテテ…

朝起きるなり、思わず声が出た。

腰痛ではない。

フトモモとおシリが痛い。

長年かたまっていた筋肉を、いきなり伸ばしたせいかもしれない。

よせばよかった、と後悔したが、腰のほうはいつになくスッキリしているのである。

腰痛がずり下がったようで気味が悪い。

さて、このストレッチ、続けるべきか否か。

痛いおシリをさすりつつ、迷っている。



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てれびじょん | コメント(16) | トラックバック(0) | 2019/01/31 11:30

ボクラノ本。

子供の頃からずっと本を読んできた。

子供は大人になるけれど、本は変わらない。

過去に感激した本を、時を隔てて読むと色あせて見えて、落胆することがある。

逆に、昔はちっとも分かってなかった、と自分のバカさ加減を確認することもある。

もちろん、今も昔も変わらぬ感動を呼び起こしてくれる本もある。

一時的な勢いで面白く感じた本は消え、ずっと大切にしたい本が残って、その人の顔といえる書棚が出来上がっていくのだろう。

しかし何事にも例外はある。

青春のその時、夢中で読んで惹きつけられたが、今読むと、どこの何にそんなに魅力を感じたか、さっぱり分からない。

そのくせ処分する気になれず棚に戻し、何年かに1度手に取って読んでは、やっぱり分からない。

そんなヘンテコな本がこれである。

ふしぎとぼくらはなにをすればよいかのさつじんじけん
(「ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件」 橋本治著)

著者のおそらく唯一の(確認したわけではないが)ミステリ。

およそミステリ的でない作家が、思いたって書いてみたら書けてしまった、そんなミステリ。

人を食ったような、優しいような、ただ底なしに寂しい空気だけがフワフワと行間から漂い出て、私を不安にする。

橋本治が昨日29日、亡くなった。



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ブックガイド | コメント(6) | トラックバック(0) | 2019/01/30 11:30

シナナイ本。

寒いので光熱費がかさむ。

1人になってガスも電気も安くなると思いきや、あんまり変わらないのだ。

なんとか節約を考えねばならない。

日中は我慢するとしても、冷える夜はやはり暖房を点けたい。この時間をいかに短くするかだ。

サッサとフトンに入ればいいのではないか。

ところが困ったことに、私はのび太並みに寝るのが速いのである(→ ねむたい話。)。

のびた

9時だろうが7時だろうが、フトンに入るや否や、グーグー眠ってしまう。

そして、とんでもない早朝に目が覚める。

まだ暗いうちに起きてしまっては、けっきょく暖房を点けねばならない。

なんとか、ヌクヌクとフトンに入りつつ、眠らずにいる方法はないものか。

ミステリを読めばいいかもしれないと考え、レビューで上位の1冊を求め、寝床に持ちこんだ。

ところが、いくらも進まぬうち、ズブズブ眠りの淵に引き込まれてしまう。

次の日はマジメに、続きから読み始めるのだが、やはりバタリと本を取り落とし、気絶

その次の日も同様。

いつまでも事件は起こらず、登場人物全員がピンピンしたまま、夜が明けて翌日になる。

朝の光の中

また誰も死ななかった

そう思いながら、怪奇な装丁を眺める虚しさよ。

しかし、点滴石を穿つの例えもある。

昨夜、下がるマブタの圧力と戦いつつ、活字を追っていたら、ついに最初の被害者が殺された。

やった…やっと死んだ

その瞬間、安堵のあまり、私は意識を失った。

(ブックガイドとは申せ、今回は読んだ本のご紹介は控えます。)



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ブックガイド | コメント(10) | トラックバック(0) | 2019/01/29 11:30

けーぶる話。

ほんがたらいと

某人気ドラマに登場したブック型ライト

閉じるとハードカバーの本くらいの大きさで、開くとジャバラの部分がぼうっと光る。

ドラマ終了後だいぶ経って、ようやく値崩れしてきたので、去年買ったのだ。

コードレスなので電池式かと思ったら、イマドキはこんなものもUSB充電である。

時々点けて楽しんでいたら暗くなったので、さあ充電、と思ったら、ケーブルが無い

パソコン回りや、電池や延長コードのしまい場所、心当たりを捜すが、見当たらない。

やがて不安の霧がモヤモヤ立ち込めてくる。

年末の大片付け(→ はこいり話。)の時、ヘンなところに見慣れないケーブルを見つけ

なんだコレ… 何だか分かんない…ということは 捨てていっか

と、思った記憶があるのだ。

その後じっさい捨てたかどうか覚えていないが

捨ててよくない!よくないぞ1か月前の私!

呼びかけて伝わるわけもなく、心の叫びはむなしく時空の谷間に吸われていく。

さらに困ったことに、捜索中にUSBケーブルが4本出てきてしまった。

どれもがライトにはつながらず、しかも何に使うのか判然としないのである。

オマエはいったいどこの子だい?

話しかけても、ケーブルたちはただじっと横たわって、答えないのだった。(答えたら怖いけど)



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もろもろ | コメント(10) | トラックバック(0) | 2019/01/28 11:30

あとから話。

今日はちょっと残業。静かに作業していたら、

ドン!ドンドン!

遠くでなにか音がした。

何でしょう?

何だろうね

軽く言い交しただけで、仕事に戻った。

どうにか片付けて外に出ると、耳が切れそうに空気が冷たい。

こういう時は人けのあるところを通るに限る、と、遠回りしてアーケードに入る。

やけに混んだ商店街の一角に、人だかり。

都会の繁華街では大型スクリーンで音楽やスポーツを流しているが、ここはショーウインドーの中に普通のテレビを置いた、街頭テレビだ。

昭和か!

夕方相撲観戦のおじさん、おじいさんが足を止めているのは見るが、こんなにたくさん集まるのは珍しい。

何かなと思いつつ、人だかりを大きく避け、駅に向かった。

家に着いて、テレビを点けたら、かわいい笑顔のクローズアップが映った。

オオサカ選手、優勝のニュースだ。

なるほど、さっきの人だかりはこれだったのか。

暖かい飲み物を手にソファに落ち着くと、続いて地域のニュース。

…古都の冬の夜空をあかあかと染める、恒例の若草山、山焼きがおこなわれました…

わかくさやまやまやき

ははあ、あのドンドンは、山焼きの花火だったのか。

だから、商店街もあんなに混んでたのか。

いろいろと、後になって分かる日だった。

山焼きが終われば、この街も一気に、春に向かっていく。



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てれびじょん | コメント(8) | トラックバック(0) | 2019/01/27 11:30

うるさい話。

ガチャン!

ビクン!

もともと大きな音が苦手だが、1人暮らしでなお嵩じた気がする。

1人の家の中は、テレビであれ音楽であれ、自分の鳴らす音しか聞こえない。

ケイタイの普及で、家の電話が鳴ることも減り、予期せぬ音といえば、せいぜいインターフォンくらいである。

不意に大きな音が鳴ると死にそうにドキドキするし、人の声にも敏感になってきた。

休日の図書館で

…ねーねーままーきのうねーようちえんでねーももちゃんがねー…

句読点のない幼児の話し声に、思わず顔をしかめて、ハッとした。

自分の子供が小さい頃には、無かったことだ。

躾とか、子連れのマナーとか、けっきょく平素静かにしている人間が、慣れないやかましさに閉口するだけのことである。

こうして私も意地悪ババアになるのか。

私の祖母も、孫が来るといつも

あーややこし…

タメイキ交じりに顔をしかめていた。

祖母は私たちのような子供がキライなんだろう、となんとなく思っていた。

このトシになって、ようやっとわかる。

子供がかわいくないのではなく、あれはただ、うるさかったのだ。

孫が15人もいた祖母には、特にかわいがられた記憶もないが、1つだけエピソードがある。

私が大学に受かった時、合格発表を

見に行きたい

と、わざわざ母についてきたというのである。

昔の合格発表は、当日の朝、大学構内の掲示板に張り出され、しばらくそのままにしてあった。

孫に愛着を示さない祖母にしては珍しい、と思ったのを覚えている。

日帰りギリギリの距離を、私鉄と国鉄を乗り継いで、模造紙に書かれた私の名前を見るためだけにやってきたのか。

そう思うと、少し胸が詰まる。

ごうかくはっぴょう



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むかしむかし | コメント(6) | トラックバック(0) | 2019/01/26 11:30

やっつけ話。

週に1度の生協の配達日、冷蔵庫の前でタメイキをつく。

入らない…

大根、キャベツ、白菜、冬の野菜ときたら、どうして揃いも揃ってデカいのだろう。

ふゆやさい

もちろん、どれも半分に切ったのが買えるけど、カサカサ乾いた切り口を見るとつい、切ってないほうに手が伸びる。

自然の造形は素晴らしい。丸ごとの野菜を求めることは、花を買うのに似た満足感がある。

しかし、野菜の困った点は、花と違って食べなければならないことだ。

一人暮らしの私は、買ったその日から、食べるに追われることになる。

キャベツ1玉買えば、千切り、味噌汁、炒め物…キャベツ、キャベツ、キャベツの日々。

外側から1枚ずつむいて食べ進み、直径15センチくらいになった頃には、もうウンザリだ。

いいかげん決着をつけたい。

エイヤとキャベツを俎板に載せ、ザクザク刻む。山盛りの量にひるみそうになるが、くじけず塩をぶっかけ、グシグシと全力で揉む。

さしものキャベツも浸透圧には勝てず、ようやくおとなしく、シンナリと浅漬けになった。

フッとひと息、腰に手を当てて、キャベツが収まったタッパーを眺め、

やっつけてやったぜ!

などと思いつつ、いったい何と戦っていたのか、じつは自分でもよくわからないのである。



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もろもろ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2019/01/25 11:30

ぼよよん話。

公私ともにインドアなので、運動不足になる。

座っている時間が運動になればと、こんなものを買ってみた。

ばらんすぼーる

バランスボールというものである。

ちょうどデスクの椅子が壊れたので、パソコンに向かう間、座ることにした。

試してみると、わるくない。

ボヨンとした感触が楽しいし、グンナリ座ると転がってしまうので、緊張感がある。

しぜんに姿勢が整い、お腹に力が入る。

今日明日どうということはないが、続ければよいことが起こる予感がする。

座るだけなのだから、いいことずくめかと思いきや、困ることもある。

なにしろ直径65センチの球が、部屋に転がっているわけだ。

座っている間はお尻の下なので気にならないが、そうでない時は大変ジャマである。

しかもボールなので、コロコロ転がる

デスクの前が所定の位置なのだが、そこにとどまっているとは限らない。

とはいえ今日も今日とて、パソコンを立ち上げ、ボールに座る。

ふとゴミの日と気付いて、慌ててゴミをまとめ、上着を羽織って飛び出した。

なんとか間に合って、ヤレヤレと家に戻り、部屋のドアを開け…

ボヨヨ~ン♪

開かない。おかしいな、とまたドアを押すと

ボヨヨ~ン♪

知ってるような知らないような、ヘンな手応え。

バランスボールだ!

ヤツがドアのむこうで、開くのを妨げている。

そばを通った時の勢いで転がったボールが、ビリヤードのように部屋のあちこちに当たり、最終的にドアの内側にはまり込んだらしい。

部屋の中からは、点けっぱなしのテレビの音。

どうする、私?

ダメもとで、もう1度ドアを押してみたが

ボヨヨ~ン♪

ヘンな手応えが返ってきただけだった。



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もろもろ | コメント(8) | トラックバック(0) | 2019/01/24 11:30

りょうり話。

私は料理がキライである。

しないで済むなら、いつまでもやらずにいたいし、外食も大好きだ。

料理がヘタなわけではない。

イヤイヤながら家族の食事を20年以上作ってきたし、自分で食べてもまあまあ美味しい。

好き嫌いと上手下手はあまり関係ないのだろう。

しかし、所帯持ちの女が、料理を好かないというには、けっこう勇気がいる。

世にはびこる料理は愛情で作るもの、という共通理解のせいだ。

料理嫌いは、すなわち愛情のない母親。

内心忸怩たるものがありながら、日々の食事作りに追われていた時、ある記事を読んだ。

当時すでに有名な料理研究家であったその人は、

料理は一に技術二に知恵、三に知識、四、五がなくてやっと愛情かしら

対談の中で、こう断言していたのだ。

いかにも「料理は愛情よ」と言いそうな、お母さんっぽい彼女の意外な発言に、私は仰天した。

そう思って見ると、ニコニコ笑顔の彼女は、目は細めていても、けっして笑っていない。

カメラのむこうの何かを、冷静に見ている眼だ、そう思った。

料理嫌いはそのまま、著書の1冊を求めるでもないが、その人の言葉はいつも、私の中にある。

彼女、小林カツ代が亡くなって、5年が経つ。

こばやしかつよ
(小林 カツ代 1937.10.24 - 2014.1.23)



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もろもろ | コメント(12) | トラックバック(0) | 2019/01/23 11:30

とれーぬ話。

今日はちょっとシモ系(エロい方ではなく、御不浄方面です)なので、予めご注意いたします。



検診の憂鬱は、胃カメラだけではない。

それは検診の前々日、ご不浄の扉に、

ケンベン!

と、自ら赤字で記したハリガミを、ため息交じりに貼りつけることから始まる。

そう、例のアレである。

ケンベンの困難といえば、便秘気味で検体を採取できない事態を想起される人が多かろうが、そうではない。

私は、1年365日、快便の女なのだ。(→ もらえぬ話。

なにしろ座ると同時に出るものが出てしまうため、ご不浄に入る前が勝負。従ってハリガミは必須である。

ハリガミの効果あって、ブジ任務を思い出したとしても、困難は続く。

採取容器に同封されているこの紙

とれーる

トレールペーパーとはよくも名付けたと思うが、私はこれでブツを採れたことがない。

ここで突然だが、学生時代の物理を思い出していただきたい。

物体の運動量は、その物体の質量と速度による。たとえば質量m(g)、速度v(m/s)の物体の運動量は

m × v = mv (g・m/s)  

と表される。

要は重くて速い物のぶつかる勢いはスゴイ、ということである。

前述のごとく、わがスピードvは、いったん飛び出せばとどめることの出来ぬほど、速い。

しかも、そのスケールmは、なみはずれて壮大なのだ。

このmとvを掛け算した勢いを、こんな紙1枚で支え切れるものか。

採取の苦労は、まさに筆舌に尽くしがたいが、よしんば尽くせたとしても、とてもここに書くわけにはいかないのである。



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もろもろ | コメント(10) | トラックバック(0) | 2019/01/22 11:30
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