おはなの話。
空が青く晴れたから、お雛さまを出そう。
小さな内裏雛なので、出し入れは苦にならない。ムスメが家を出て7年、主無きお雛様を飾るのも、すっかり習慣となった。
緋の毛氈、雛屏風、さまざまなお飾りと一緒に出てきた、薄紙の包みを開けば、桃の枝。
去年しまったまま、しおれた気配もないのは、布でできた造花だからである。
ムスメにとって曾祖母にあたる人が、初めての曾孫の誕生を喜んで、作ってくれたものだ。
丹念に、細部まで手を抜かずにこしらえてある。
2、3度しか会ったことはないが、サバサバした気持ちのいいおばあさんだった。
頼まれて着物を縫ったり、近所の子供にお習字を教えたり、手まめで器用な人だったらしい。
やがて私は離婚して、姻戚関係も絶えた。
元亭主に関わるものは、バカスカ捨てた私だが、この桃の花は捨てる気になれない。
曾孫の成長を見ずに亡くなったひいおばあさん。
桃色に染めた絹を、ひとつひとつ花びらに切り抜いている、その様子を想像すると、やっぱりそれはできない、と思う。
少し色褪せた桃の花を、今年も花瓶に活ける。


にほんブログ村

日記・雑談ランキング
小さな内裏雛なので、出し入れは苦にならない。ムスメが家を出て7年、主無きお雛様を飾るのも、すっかり習慣となった。
緋の毛氈、雛屏風、さまざまなお飾りと一緒に出てきた、薄紙の包みを開けば、桃の枝。
去年しまったまま、しおれた気配もないのは、布でできた造花だからである。
ムスメにとって曾祖母にあたる人が、初めての曾孫の誕生を喜んで、作ってくれたものだ。
丹念に、細部まで手を抜かずにこしらえてある。
2、3度しか会ったことはないが、サバサバした気持ちのいいおばあさんだった。
頼まれて着物を縫ったり、近所の子供にお習字を教えたり、手まめで器用な人だったらしい。
やがて私は離婚して、姻戚関係も絶えた。
元亭主に関わるものは、バカスカ捨てた私だが、この桃の花は捨てる気になれない。
曾孫の成長を見ずに亡くなったひいおばあさん。
桃色に染めた絹を、ひとつひとつ花びらに切り抜いている、その様子を想像すると、やっぱりそれはできない、と思う。
少し色褪せた桃の花を、今年も花瓶に活ける。


にほんブログ村

日記・雑談ランキング
しゃしゃら話。
今日は実家。おばーちゃんはテレビを見ながら
アンティークだって 素敵ねエ…
タメイキをつく。
世界を旅してモノを買い集める、いかにもおばーちゃん好みの番組である。

(なんちゅうオソロシイ番組名…→世界はほしいモノにあふれてる)
そおーお?
つい気のない返事をしたのが、お気に召さなかったらしい。
まーたアンタは…
みるみる険しい顔になったので
だってさ あんなの家に置いたら ホコリはたかるし 掃除は大変だし
抵抗を試みたが
そういうことじゃないでしょ!
一蹴された。
だいたいアンタは すぐジャマだホコリだって アジもシャシャラもない…
また言われた。
鉢植えの花をくれようとしたのを断った時。
かわいい模様のある洋服を買わずに、無地のを選んだ時。
まったくアンタは 味もシャシャラもない…
いかにも嘆かわしいという風に、そう言われる。
要は私の生活に余裕と潤いが無い、と言いたいのだろうが、味はわかるとして、シャシャラとは何かわからない。
かといって、シャシャラって何、と尋ねれば
そういうところが味もシャシャラもないのよ!
老母はヘソを曲げるに違いない。
いつ来てもモノにあふれた茶の間を見回し、
このへんがシャシャラかなア…
などと思っている私である。

にほんブログ村

日記・雑談ランキング
アンティークだって 素敵ねエ…
タメイキをつく。
世界を旅してモノを買い集める、いかにもおばーちゃん好みの番組である。

(なんちゅうオソロシイ番組名…→世界はほしいモノにあふれてる)
そおーお?
つい気のない返事をしたのが、お気に召さなかったらしい。
まーたアンタは…
みるみる険しい顔になったので
だってさ あんなの家に置いたら ホコリはたかるし 掃除は大変だし
抵抗を試みたが
そういうことじゃないでしょ!
一蹴された。
だいたいアンタは すぐジャマだホコリだって アジもシャシャラもない…
また言われた。
鉢植えの花をくれようとしたのを断った時。
かわいい模様のある洋服を買わずに、無地のを選んだ時。
まったくアンタは 味もシャシャラもない…
いかにも嘆かわしいという風に、そう言われる。
要は私の生活に余裕と潤いが無い、と言いたいのだろうが、味はわかるとして、シャシャラとは何かわからない。
かといって、シャシャラって何、と尋ねれば
そういうところが味もシャシャラもないのよ!
老母はヘソを曲げるに違いない。
いつ来てもモノにあふれた茶の間を見回し、
このへんがシャシャラかなア…
などと思っている私である。

にほんブログ村

日記・雑談ランキング
かえった話。
おでん食べたい、のリクエストを先触れに、ムスコが帰ってきた。
大したもてなしをするわけじゃないが、それでもそれなりの心づもりをして待てば
…タダイマー
相変わらずの顔も、久しぶりに見れば、やっぱり嬉しい。
のっそり荷物を降ろし、ソファにノビるムスコ。3年前まで普通だった光景も、なんだか新鮮だ。
ゴハンにしようか?
うーん… 電車で弁当食ったし… まだいい
ア、ソ
アタシはおなか減ってんだけどな。まあ、しかたないか。
ふだんより遅い夕飯が済んで、ひっくり返ってスマホをいじるムスコを横目に、食器を洗う。
洗濯物あるなら出してよ
んー…
お風呂入んなさいよ
んー…
なかなか思い通り、物事が進まない。
いつも1人気ままに暮らしているせいだろうか、なんだかくたびれて眠くなってきたが、若者の通例として、ムスコも宵っ張りである。
ついつられて、夜更かしをした。
遅く寝たからといって、長く眠れるわけではないのがババアの悲しさ。
寝不足で起きてみれば、あんのじょうリビングは、ドロボウが入ったように荒れている。
朝からゲンナリして床に落ちたものを拾い、見回してタメイキをつく。
家の中に誰かいるって、こんなだったかなあ。
テーブルにドンブリが出てると思ったら、
ヤラレタ!
昼に食べるつもりだったインスタントラーメンの袋が、シンクの横にうちすててある。
何から何まで、思うように行かない。
あーあー なんで捨てないんだろねアイツは…
こぼれた麺のカケラをつまんで取りながら、おかしくて1人、プププと笑った。
ムスコはむろん、まだ起きてこない。


にほんブログ村

日記・雑談ランキング
大したもてなしをするわけじゃないが、それでもそれなりの心づもりをして待てば
…タダイマー
相変わらずの顔も、久しぶりに見れば、やっぱり嬉しい。
のっそり荷物を降ろし、ソファにノビるムスコ。3年前まで普通だった光景も、なんだか新鮮だ。
ゴハンにしようか?
うーん… 電車で弁当食ったし… まだいい
ア、ソ
アタシはおなか減ってんだけどな。まあ、しかたないか。
ふだんより遅い夕飯が済んで、ひっくり返ってスマホをいじるムスコを横目に、食器を洗う。
洗濯物あるなら出してよ
んー…
お風呂入んなさいよ
んー…
なかなか思い通り、物事が進まない。
いつも1人気ままに暮らしているせいだろうか、なんだかくたびれて眠くなってきたが、若者の通例として、ムスコも宵っ張りである。
ついつられて、夜更かしをした。
遅く寝たからといって、長く眠れるわけではないのがババアの悲しさ。
寝不足で起きてみれば、あんのじょうリビングは、ドロボウが入ったように荒れている。
朝からゲンナリして床に落ちたものを拾い、見回してタメイキをつく。
家の中に誰かいるって、こんなだったかなあ。
テーブルにドンブリが出てると思ったら、
ヤラレタ!
昼に食べるつもりだったインスタントラーメンの袋が、シンクの横にうちすててある。
何から何まで、思うように行かない。
あーあー なんで捨てないんだろねアイツは…
こぼれた麺のカケラをつまんで取りながら、おかしくて1人、プププと笑った。
ムスコはむろん、まだ起きてこない。


にほんブログ村

日記・雑談ランキング
おでんの話。
久しぶりに子供が帰るというので、何食べたい、と聞いたら、おでんと言われた。
1人暮らしになってからは、おでんとはすっかりご無沙汰だ。
あれこれと材料を買い調えながら思い出したが、子どもの頃のおでんには、コロという謎の物体が入っていた。
カボチャの薄切りみたいな扇形に黒い縁取りがあり、白くてベロベロして、味らしい味はない。
噛めば噛みきれるけど、柔らかさの中にヘンテコな粘っこさがあって、無味の奥の遠~いところにケモノ臭がする。
理解不能なヘンなものだが、ヘンなもの好きの私は、好んで食べたものだ。
しかも、コロはけっこうお高いのである。
市場の乾物屋でも、豆だの干瓢だの煮干しだのが手前に並んでいるのに、コロは奥のちょっと高いところに置いてある。
私はキライだけど、みんなが食べるからね…
母はなぜか、いつも言い訳をした。
そんなコロが、なんとマッコウクジラの皮だ、と知ったのはいつだったか。
遠く北洋から来たお方だと知っていれば、箸でつまんでブルブル振ったりせず、有難がって食べたものを。
いま、私のおでんにコロは入れないが、自分は食べないコンニャクを、ゴロゴロ入れてしまう。
私はキライだけど、みんな食べるからね…
なんて言い訳しながら。

本日早朝から多忙のため、2014年2月16日の記事に加筆掲載いたします。

にほんブログ村

日記・雑談ランキング
1人暮らしになってからは、おでんとはすっかりご無沙汰だ。
あれこれと材料を買い調えながら思い出したが、子どもの頃のおでんには、コロという謎の物体が入っていた。
カボチャの薄切りみたいな扇形に黒い縁取りがあり、白くてベロベロして、味らしい味はない。
噛めば噛みきれるけど、柔らかさの中にヘンテコな粘っこさがあって、無味の奥の遠~いところにケモノ臭がする。
理解不能なヘンなものだが、ヘンなもの好きの私は、好んで食べたものだ。
しかも、コロはけっこうお高いのである。
市場の乾物屋でも、豆だの干瓢だの煮干しだのが手前に並んでいるのに、コロは奥のちょっと高いところに置いてある。
私はキライだけど、みんなが食べるからね…
母はなぜか、いつも言い訳をした。
そんなコロが、なんとマッコウクジラの皮だ、と知ったのはいつだったか。
遠く北洋から来たお方だと知っていれば、箸でつまんでブルブル振ったりせず、有難がって食べたものを。
いま、私のおでんにコロは入れないが、自分は食べないコンニャクを、ゴロゴロ入れてしまう。
私はキライだけど、みんな食べるからね…
なんて言い訳しながら。

本日早朝から多忙のため、2014年2月16日の記事に加筆掲載いたします。

にほんブログ村

日記・雑談ランキング
ふじたの話。
今日はデパート。
フロアガイドを見ていたら、版画の展示即売会をしている。
買う気もお金もないけど、好きな画家なので、見ていきたいと思った。
若い時とは違って、見るだけ見て買わずに帰るなんて平気の平左である。
宝飾品や時計などが並ぶ高級品フロアでも、ひときわ静謐な一角が美術品コーナーだ。
お金はあるけど使わないのよ、という顔を作り、堂々と入っていくと、けっこうな点数のリトグラフやエッチングが並んでいる。
美術館と違って、いきおい値札に目が行く。同じサイズの似たような絵で、値段に差があるのが気になった。
首をひねっていると、オッサンが近寄ってくる。
こちらはサインがあるのでこのお値段に…
ダブルの背広にアスコットタイを締め、ヒゲを刈り込んだこういうオッサンを、私は信用しない。
かといって、無視するのも大人げないので
ああなるほど サインが無いと作品という扱いにならないんですね…
テキトーに返事すると、アスコットオヤジは脈ありと読んだらしい。
これだけ並ぶことは関西では珍しいですよ!
このお値段でホンモノが手に入るんですよ!
ぐいぐいセールスしてくるが、ムダだ。
ずらっと並んだのをデパートで見るから楽しいんで、中の1つをしょぼい自宅に持って帰ったとて何になろう。
柳に風と受け流していたら、アスコットはしまいに
絵なんて衝動買いですよ!
焦れたようにぬかした。
わりーね、衝動なんかもう無いのよ アタシ
オホホと笑って、美術品コーナーを後にする。地下でオカズを買って、帰ろうっと。

(猫とか少女とか欲しくなっちゃうんだろうなあ)

にほんブログ村

日記・雑談ランキング
フロアガイドを見ていたら、版画の展示即売会をしている。
買う気もお金もないけど、好きな画家なので、見ていきたいと思った。
若い時とは違って、見るだけ見て買わずに帰るなんて平気の平左である。
宝飾品や時計などが並ぶ高級品フロアでも、ひときわ静謐な一角が美術品コーナーだ。
お金はあるけど使わないのよ、という顔を作り、堂々と入っていくと、けっこうな点数のリトグラフやエッチングが並んでいる。
美術館と違って、いきおい値札に目が行く。同じサイズの似たような絵で、値段に差があるのが気になった。
首をひねっていると、オッサンが近寄ってくる。
こちらはサインがあるのでこのお値段に…
ダブルの背広にアスコットタイを締め、ヒゲを刈り込んだこういうオッサンを、私は信用しない。
かといって、無視するのも大人げないので
ああなるほど サインが無いと作品という扱いにならないんですね…
テキトーに返事すると、アスコットオヤジは脈ありと読んだらしい。
これだけ並ぶことは関西では珍しいですよ!
このお値段でホンモノが手に入るんですよ!
ぐいぐいセールスしてくるが、ムダだ。
ずらっと並んだのをデパートで見るから楽しいんで、中の1つをしょぼい自宅に持って帰ったとて何になろう。
柳に風と受け流していたら、アスコットはしまいに
絵なんて衝動買いですよ!
焦れたようにぬかした。
わりーね、衝動なんかもう無いのよ アタシ
オホホと笑って、美術品コーナーを後にする。地下でオカズを買って、帰ろうっと。

(猫とか少女とか欲しくなっちゃうんだろうなあ)

にほんブログ村

日記・雑談ランキング
にぼしの話。
チョコの話もいいかげん食傷気味なので、煮干しの話をしよう。

子供が小さかった専業主婦の頃、うちの味噌汁の出汁は煮干しだった。
なんでそうなったかは覚えていない。
元亭主は味も分からないわりに食べ物にうるさかったから、黙らせるためだったかもしれない。
煮干しはそのままではなく、苦い頭とワタを取って使う。
作業自体はカンタンで、キライじゃなかったが、小さい子供が2人ウロウロするややこしい生活では、めんどくさいなあと思うことも多かった。
まとわりついてくる子供を足で追い払いながら、台所に立ち、ちっちゃい煮干しを1匹1匹、頭をむしって、お腹を割って、黒いワタを取り除く。
鍋の水に浸けて、具を煮て、味噌を溶いて、そうして何回、味噌汁を作っただろうか。
美味しかったのか、どうだったのか。
あら~ うちはホンダシよ~ ラクだから~
朗らかに言い放ったママ友は、時間を気にする様子もなく、公園で子供と遊んでいた。
まだまだ遊びたがる子供を引きはがすように家に帰り、チマチマ煮干しをむしりながら、私は意地になっていたのだろう。
その味噌汁の味も、すっかり忘れた。
今となれば、煮干しなんかよして、そのぶん子供をかまってやればよかったと思ったりする。
煮干しのワタのように黒く小さく、苦い、後悔。
今日2月14日は煮干しの日、だという。

にほんブログ村

日記・雑談ランキング

子供が小さかった専業主婦の頃、うちの味噌汁の出汁は煮干しだった。
なんでそうなったかは覚えていない。
元亭主は味も分からないわりに食べ物にうるさかったから、黙らせるためだったかもしれない。
煮干しはそのままではなく、苦い頭とワタを取って使う。
作業自体はカンタンで、キライじゃなかったが、小さい子供が2人ウロウロするややこしい生活では、めんどくさいなあと思うことも多かった。
まとわりついてくる子供を足で追い払いながら、台所に立ち、ちっちゃい煮干しを1匹1匹、頭をむしって、お腹を割って、黒いワタを取り除く。
鍋の水に浸けて、具を煮て、味噌を溶いて、そうして何回、味噌汁を作っただろうか。
美味しかったのか、どうだったのか。
あら~ うちはホンダシよ~ ラクだから~
朗らかに言い放ったママ友は、時間を気にする様子もなく、公園で子供と遊んでいた。
まだまだ遊びたがる子供を引きはがすように家に帰り、チマチマ煮干しをむしりながら、私は意地になっていたのだろう。
その味噌汁の味も、すっかり忘れた。
今となれば、煮干しなんかよして、そのぶん子供をかまってやればよかったと思ったりする。
煮干しのワタのように黒く小さく、苦い、後悔。
今日2月14日は煮干しの日、だという。

にほんブログ村

日記・雑談ランキング
なかみの話。

お風呂では固形セッケンを使っている。
キッカケは、実家のデッドストックを消費するためだった。(→せっけん話。)
おばーちゃんが溜め込んだ大量の内祝、引出物、お中元を使い切り、スッキリした時は、すっかりセッケンの使い心地に慣れてしまった。
さらにいいことには、セッケンを使うと言うと
うちボディソープだから…
もらったけど誰も使わないから…
くださる方が、けっこういるのである。
おばーちゃんほどではなくても、死蔵しているお宅は多いらしく、おかげで最近では、ほとんど買わずに済んでいる。
ハイこれ…もらってくれると 助かるわア
今日もきれいに包んだ薄く重たい箱を渡された。
アリガトウゴザイマスといただいて帰り、カバンから出してみると、贈答品らしい包み紙のまま、セロファンテープが黄ばんでいる。
どうやらかなりな年代物らしい。
腐るものじゃないので、古いのはかまわない。
気になるのは開けた形跡がないことだ。
あの人、箱の中身がセッケンだって、なんでわかったんだろう? 重さ?手ごたえ?
クンクン嗅いでみたが、何のニオイもしない。
ホントにこれ、セッケンか?
年代物のヨウカンだったらイヤだなあ…
余計なことを考えたので、包みをほどく手が進まない。
薄い重い箱は、まだテーブルに載っている。

にほんブログ村

日記・雑談ランキング
ひらひら話。
よくお邪魔するブログ「びっき・すてっぷ」の記事(→病院で撮影する話)を読んでいたら、昔のことを思い出した。
それはまだ、私が今のように丈夫なババアになる前、ひ弱な娘っ子だった時代。
夜中に高熱を出して、救急に駆け込んだ。
病院まではなんとか自分で歩いてきたが、当直の先生を待つ間にもどんどん具合が悪くなる。
アタシ 大丈夫なのかしら…
つらくなる一方の身体に反して、意識は研ぎ澄まされ、鋭くなっていく。
検査衣に着替えて寝かされ、採血、点滴。
ただでさえ心細い私をいっそう不安にしたのは、夜勤の看護婦の応対である。
下着はどうしますか?
んーと、ソノママで大丈夫、です
なんだか、頼りない。
…アレ?…アレ?
マスクで覆われた顔から表情は読み取れないが、注射器を手にマゴマゴ。
血管が見つからず、何度も針を刺されたあげく、手首の変なところから点滴を入れられた。
私は昔から血が怖くて注射が苦手だが、血管が細い、見つからないと言われたことは一度もない。
この人 もしかしてポンコツでは…
横になったままの問診で、先生が
ヨシ、このままレントゲン!
ストレッチャーで検査室に運ばれかけたので
あの!あの…下着…
おそるおそる申し出た。なんぼ素人でもこのままレントゲンが撮れないことは分かる。
え?なに?
下着…してます…
えー?なんで!
カンゴフさんが ソノママでとおっしゃって…
もー しょうがないなあ 外して!
看護婦さんは慌てて後ろのホックを外し、右腕を抜いたが、左腕は既に点滴につながれている。
えーっと…ちょっと待ってくださいね…ちょっと…
通ったままの点滴のチューブから外そうと、彼女は焦って下着を振り回した。
ヒラヒラ中空に舞う、見慣れた私の下着。
あんな景色は、後にも先にも見たことがない。


にほんブログ村

日記・雑談ランキング
それはまだ、私が今のように丈夫なババアになる前、ひ弱な娘っ子だった時代。
夜中に高熱を出して、救急に駆け込んだ。
病院まではなんとか自分で歩いてきたが、当直の先生を待つ間にもどんどん具合が悪くなる。
アタシ 大丈夫なのかしら…
つらくなる一方の身体に反して、意識は研ぎ澄まされ、鋭くなっていく。
検査衣に着替えて寝かされ、採血、点滴。
ただでさえ心細い私をいっそう不安にしたのは、夜勤の看護婦の応対である。
下着はどうしますか?
んーと、ソノママで大丈夫、です
なんだか、頼りない。
…アレ?…アレ?
マスクで覆われた顔から表情は読み取れないが、注射器を手にマゴマゴ。
血管が見つからず、何度も針を刺されたあげく、手首の変なところから点滴を入れられた。
私は昔から血が怖くて注射が苦手だが、血管が細い、見つからないと言われたことは一度もない。
この人 もしかしてポンコツでは…
横になったままの問診で、先生が
ヨシ、このままレントゲン!
ストレッチャーで検査室に運ばれかけたので
あの!あの…下着…
おそるおそる申し出た。なんぼ素人でもこのままレントゲンが撮れないことは分かる。
え?なに?
下着…してます…
えー?なんで!
カンゴフさんが ソノママでとおっしゃって…
もー しょうがないなあ 外して!
看護婦さんは慌てて後ろのホックを外し、右腕を抜いたが、左腕は既に点滴につながれている。
えーっと…ちょっと待ってくださいね…ちょっと…
通ったままの点滴のチューブから外そうと、彼女は焦って下着を振り回した。
ヒラヒラ中空に舞う、見慣れた私の下着。
あんな景色は、後にも先にも見たことがない。


にほんブログ村

日記・雑談ランキング
あんない話。
初めての駅に降り立った(→はつゆき話。)私。
降りたはいいが、さてどっちへ行くか。
スマホの最大の問題は、回せないことである。
方向音痴の人間は地図を回して見るが、スマホの地図は、回すと勝手に水平を保ってしまうのだ。
やはりグルグル回せる紙の地図が欲しい。
駅前に立って首を巡らせば、頼もしい i の文字。
観光案内所だ。さびれたとはいえ、イベントをやる場所だけのことはある。
名産の木材を使ったらしい重い扉を開けると、ムッと熱気がこぼれて、メガネが曇るほどの暖房にかかわらず、人の気配はない。
スイマセーン!
すると、誰もいないはずの一角がむくりと動いて
いらっしゃ…
眠そうな目のオバサンが現れた。
未知の来客に驚いた様子に、とっさに申し訳ない気分になったが、考えてみればおかしい。
ここは不特定多数の、面識のない人が訪れる場所ではないのか。
まあいい、気を取り直して来意を告げると
地図ですか… 地図…
オバサンは妙にモゾモゾしている。
いやいやアータ、観光案内つったら地図でしょ。語学講座だって、インフォメーションでの地図のもらい方をまず紹介する。
もしかして、日本語通じないのか?
Avete una mappa di questa citta?
言いかけた時、オバサンはやおらカウンターの後ろにしゃがみ、何やらつかみだした。
見ればいいかげん古びて角も丸まった観光パンフレットの、それも裏っ側である。
その半分ほどに小さな地図が載っており、彼女はそれを指さしてもごもご説明し始めたが、それがまた、要領を得ない。
この調子では、間に合うものも間に合わない。
まだ時間もあるので、探しながら行きます その地図ください
そう言うと、
えっとー 1枚しかないので…
は?
コピーの電源が入ってなくて…
はァ?
首をひねりながらその場所を出て、もう1度ドアの上の看板を見たが、
観光案内所
の文字に誤りはなかった。


にほんブログ村

日記・雑談ランキング
降りたはいいが、さてどっちへ行くか。
スマホの最大の問題は、回せないことである。
方向音痴の人間は地図を回して見るが、スマホの地図は、回すと勝手に水平を保ってしまうのだ。
やはりグルグル回せる紙の地図が欲しい。
駅前に立って首を巡らせば、頼もしい i の文字。
観光案内所だ。さびれたとはいえ、イベントをやる場所だけのことはある。
名産の木材を使ったらしい重い扉を開けると、ムッと熱気がこぼれて、メガネが曇るほどの暖房にかかわらず、人の気配はない。
スイマセーン!
すると、誰もいないはずの一角がむくりと動いて
いらっしゃ…
眠そうな目のオバサンが現れた。
未知の来客に驚いた様子に、とっさに申し訳ない気分になったが、考えてみればおかしい。
ここは不特定多数の、面識のない人が訪れる場所ではないのか。
まあいい、気を取り直して来意を告げると
地図ですか… 地図…
オバサンは妙にモゾモゾしている。
いやいやアータ、観光案内つったら地図でしょ。語学講座だって、インフォメーションでの地図のもらい方をまず紹介する。
もしかして、日本語通じないのか?
Avete una mappa di questa citta?
言いかけた時、オバサンはやおらカウンターの後ろにしゃがみ、何やらつかみだした。
見ればいいかげん古びて角も丸まった観光パンフレットの、それも裏っ側である。
その半分ほどに小さな地図が載っており、彼女はそれを指さしてもごもご説明し始めたが、それがまた、要領を得ない。
この調子では、間に合うものも間に合わない。
まだ時間もあるので、探しながら行きます その地図ください
そう言うと、
えっとー 1枚しかないので…
は?
コピーの電源が入ってなくて…
はァ?
首をひねりながらその場所を出て、もう1度ドアの上の看板を見たが、
観光案内所
の文字に誤りはなかった。


にほんブログ村

日記・雑談ランキング
はつゆき話。
気持ちが縮かむのは、寒さだけが理由じゃない。
行ったことのないところに行きたくて、私鉄急行に乗った。
日曜なのに空いた電車に、眠くなるほど乗って、初めて降りる駅。
商店街はさびれて、かつては何かだった、でも今は何でもない建物ばかりが延々と続く。
通る人もなく、案内のポスターもまばらで、本当にこっちでいいのかしら、と心細くなったとき、ぽっかり奇跡のように目的の場所についた。
古民家を利用したイベントスペースには、ちゃんと人だかりがしていて、ホッとする。
ここで行われる朗読劇を見に来たのだ。
ヒンヤリ薄暗い土間で、コーヒーの湯気に暖まりながら待っていると、定刻を少し過ぎて、3人の若い女優が現れた。
皮膚を透かして光るきれいな姿、きれいな声。
星と星がぶつかってチリチリと鳴る。
昔の夢のような時間も、やがて終わりが来て、イマドキの女の子に戻った女優たちに送り出され、表に出た。
あれ、まだ昼だ
夜になった気がしたのは、芝居の世界にいたからだろう。
洗われた目には、景色もさっきまでと違って見えて、なんとなく駅とは逆に歩きだしたら
遠くからいらしたんですか?
声をかけてきた地元の奥さんは、イベントの手伝いの帰りだという。
あちらが酒蔵、川向うに古いお寺、と、指さして案内のあと、問わず語りに少しの身の上話。
このあたりも さびしくなっちゃって… 人が来てくださると 嬉しくて…
主人との2人暮らしも、いつまでできるかしら、と呟く肩に、チラチラと白いもの。

あ… 雪…
まだまだ歩く気だったけれど、冷えるから、もうお帰りなさい、と奥さんは言うのだ。
じゃあ、と振った手をポケットに入れて、回れ右をした。

にほんブログ村

日記・雑談ランキング
行ったことのないところに行きたくて、私鉄急行に乗った。
日曜なのに空いた電車に、眠くなるほど乗って、初めて降りる駅。
商店街はさびれて、かつては何かだった、でも今は何でもない建物ばかりが延々と続く。
通る人もなく、案内のポスターもまばらで、本当にこっちでいいのかしら、と心細くなったとき、ぽっかり奇跡のように目的の場所についた。
古民家を利用したイベントスペースには、ちゃんと人だかりがしていて、ホッとする。
ここで行われる朗読劇を見に来たのだ。
ヒンヤリ薄暗い土間で、コーヒーの湯気に暖まりながら待っていると、定刻を少し過ぎて、3人の若い女優が現れた。
皮膚を透かして光るきれいな姿、きれいな声。
星と星がぶつかってチリチリと鳴る。
昔の夢のような時間も、やがて終わりが来て、イマドキの女の子に戻った女優たちに送り出され、表に出た。
あれ、まだ昼だ
夜になった気がしたのは、芝居の世界にいたからだろう。
洗われた目には、景色もさっきまでと違って見えて、なんとなく駅とは逆に歩きだしたら
遠くからいらしたんですか?
声をかけてきた地元の奥さんは、イベントの手伝いの帰りだという。
あちらが酒蔵、川向うに古いお寺、と、指さして案内のあと、問わず語りに少しの身の上話。
このあたりも さびしくなっちゃって… 人が来てくださると 嬉しくて…
主人との2人暮らしも、いつまでできるかしら、と呟く肩に、チラチラと白いもの。

あ… 雪…
まだまだ歩く気だったけれど、冷えるから、もうお帰りなさい、と奥さんは言うのだ。
じゃあ、と振った手をポケットに入れて、回れ右をした。

にほんブログ村

日記・雑談ランキング