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あのひの話。

いつも通りのイモート一家の朝。

慌ただしくお弁当を提げて、ダンナのコージさんは会社へ、メイちゃんは幼稚園へ。

お弁当の残りでお昼ごはんを済ませたイモートが、卒園謝恩会の打合せに、着替えて出かけようとしたその時。

大きな大きな何かが、アパートを気味わるく揺らした。

ドスンと重いものが落ち、ガチャンと食器が割れ、続いてビシビシとひび割れる音。永遠と思える恐ろしい時間が過ぎて、やがて静かになった。

しゃがみ込んで頭を抱えていたイモートが顔をあげると、年末に買ったばかりのTVボードが壊れ、液晶テレビが床に落ちている。

放心状態で床に足を投げ出していたが、メールの着信でハッと我に帰った。

幼稚園からの連絡だ。

鍵もかけずに飛び出し、いっさんに駆けて駆けて園庭に飛び込むと、園児たちは小さくしゃがんで丸い輪になり、先生に囲まれていた。

上履きのままメイちゃんの手を引いて家に帰り、手を洗わせようとしたら、小さい握りこぶしの中に、何かがかたく握り込まれている。

それは1本の赤いクレヨンだった。

日中、どうしても連絡がつかなかったコージさんは、夜半を過ぎて、ビックリするほどドロドロに汚れ、ヘトヘトになって戻った。

いわゆる帰宅難民ってやつよ~

ここまで電話で話してきた、イモートが言う。

あとで考えればさ~ そんな必死こいて帰んなくてもいいわけよ~ 会社に泊まればさ~

まーそうよね でも帰りたかったんでしょ アンタとメイちゃんのとこに

そうかな~

そうだよォ オトコは家が好きだからネ だよ愛 

へへへ… そっかな~

電話口で、イモートは照れている。

今、ノンキにこんな話ができるのも、たまたまのこと、ただの僥倖にすぎない。

あの日あの場所にいた人も、いなかった人も、この地球上で命があることは、得難いめぐりあわせなのだと、10年の月日が過ぎて思う。

お友だちと肩を寄せ、しゃがんで震えていたメイちゃんも、ママより背が高くなった。



本日は2017年3月11日の記事に加筆して掲載いたします。



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ごかぞく | コメント(4) | トラックバック(0) | 2021/03/11 11:30

◯△◇の話。

先日買ったクリームのパンを、また食べたい。

まりなんとか

前回は、初めてのパン屋で、通りすがりに買ったので、家の近所にあるかどうか、分からない。

そこで、文明の利器・パソコンを用いて検索しようと思い立ったものの

あの丸いパン 何て名前だっけ…?

なにやら聞き慣れない横文字の名前だった気がするのみ。

薄れゆく記憶を必死でたどり

…イタリア…イタリアのどこかの…

はなはだ乏しい情報であるが、致し方ない。

ふと、映画ゴッドファーザーで、かじるとブチュッとクリームの出そうなお菓子を食べるシーンを思い出した。

ゴッドファーザー クリーム お菓子

検索結果に現れたのは

かんのーり

チガウなあ…こんなじゃない…

しかし、カンノーリというシチリアのお菓子を知ったことで、新たなる記憶が喚起された。

カンノーリ、なんてのんびりした語感じゃなく、飛んだり跳ねたりする感じなのだ。

つまり、小さい「っ」や小さい「ゃ」を含む名前である、ということである。

ヒントが増えて嬉しくなった私は検索を続けた。シチリアじゃない、ってことは、たとえば

ナポリ クリーム お菓子

出てきた名前が、スフリアテ

おお、いいぞ、飛んだり跳ねたりしてるぞ。

しかし、画像を見てガッカリ。

すふぉりあてっら

今度は三角…。



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もろもろ | コメント(10) | トラックバック(0) | 2021/03/10 11:30

せろりの話。

朝のテレビは、収穫最盛期を迎えた、セロリ農家の紹介。

…シャキシャキの新鮮さを保つため…

聞き流していたら、画面が一転真っ暗になり

…収穫は早朝3時から行われます…

暗闇にライトをつけて、セロリを刈り取る農家の人を映し出した。

それを見て、なんだか複雑な気分になったのは、私のセロリの買い方のせいである。

セロリのことは、とくに好きでも嫌いでもない。

そんな私が、ふだんは忘れているセロリを買うのは、見切り品コーナーなのだ。

売れ残りをグリングリンとテープでまとめ、安いお値段がつけてある、ワゴンの中。

正価で買うにはお高いセロリが、いささかしおれ気味ながら、半額以下だから

セロリか… まあ、たまには買っとくか…

ビンボーな私も、そんな気分になる。

うちでは葉はミートソースに、茎はキンピラや浅漬けにするので、少々しなだれていたところで、味にたいした変わりはない。

セロリは新鮮で、シャキシャキしてなければ!

などと思ったことは、たぶん無いのである。

夜中に起きていただいて…正価では買わず…

小刀をふるい、ひと株ずつ丁寧にセロリを収穫する姿に、申し訳ない気分でいっぱいになった。

せろり



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てれびじょん | コメント(10) | トラックバック(0) | 2021/03/09 11:30

ほかほか話。

いつもの番組の途中、いまいましくも国会中継が始まったので、チャンネルを変えた。

ワイドショーの画面では、見覚えのある女性が、リモート画面でなにやら解説している。

元高級官僚で、国際弁護士で、才色兼備の典型みたいな人だ。

鋭く時局を斬るコメントの最中、とつぜん

♪ぴりぴりぴろりろぴろぴろり~♪

小さく、しかし確かに、とぼけた電子音が聞こえた。

才色兼備嬢は明らかに動揺したが、一瞬で気持ちを立て直し、さきほどの音は無かったことにすると決めたらしい。

よどみない口調で、最後まで話し終えた。

スタジオからも特にコメントはなく、話題は次へと流れていくが、おっかしくておかしくて、それどころではない。

♪ぴりぴりぴろりろぴろぴろり~♪

私にはわかる。同じ型の炊飯器を使ってる人は、皆わかったろう。

あれは、ゴハンが炊けた音だ。

リモート中継が終わってホッとしたら、ちょうどお昼の時間だものね。

美しくて、賢くて、およそ近寄りがたく見える彼女が、ちょっとかわいらしく思えた。

炊き立てのゴハンの、オカズは何かな。

さて、私もおひるにしよう。

どんぶりめし



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てれびじょん | コメント(8) | トラックバック(0) | 2021/03/08 11:30

あまーい話。

昨日はめずらしく、見るからに甘そうな、クリーム入りのパンを買ってしまった。

まりなんとか

疲れていたから、かもしれない。

欲しくなるものには、身体に足りない成分が入っていると、私は信じている。

きっと今、私にはクリームパン成分が足りないのだ。

野菜も、スープも、今日は要らない。

朝の食卓、なんとなく厳粛な気持ちで、パンをお皿にのせ、かぶりつくと

…んー甘い…んまい!

不足していたクリームパン成分が、五臓六腑に沁み込んでいくようだ。

クリームが多い。そして、パンが柔らかい。

それを勢いよくかじったものだから、主観的にはマジメな栄養補給なのだが、客観的には、かなり大人げない状況である。

ついでに、口の端についたクリームを、手の甲で拭ってやった。

お行儀が悪いにもほどがあるけど、ここは私の家で、私の食卓で、私を叱る人はいない。

あー、甘かった!

子供っぽい朝ご飯は、私を元気にした。



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もろもろ | コメント(8) | トラックバック(0) | 2021/03/07 11:30

すっぱい話。

忙しかった週末、ヘトヘトで帰宅する。もはや、夕飯の支度をする余力はない。

こんな時はレトルトカレーがありがたい。

冷やご飯をチンして、ラッキョウを添えて食べたら、ちょっと元気が出た。

お風呂に入って、今日はもう寝てしまおう。

髪を乾かしてから、電気を消した、薄暗い台所でコップを探し、冷たい水をいっぱい。

…ん?

くちびるに近づけた時、違和感はあったけれど、動作は止まらずグビリと飲んでしまった。

後味に、かすかな刺激臭と酸味

ナニこれ、味覚異常?

明るいリビングルームに戻り、ソファに座って、おでこに手を当ててみるが

…うーん 熱は…無いね…

疲れが出たか、それとも未知の疾患の症状か。

身体に何かが起きているのかも、と思うと、怖くなってすぐ布団に入った。

目覚めると疲れもとれ、いたって爽快である。

どうやら昨夜の味覚異常は気のせいらしい。

朝の光の中で流し元を見たら、コップはなく、食べきったラッキョウの空瓶が伏せてあった。

らっきょう
(スッパイ失敗…珍しくダジャレ)



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もろもろ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2021/03/06 11:30

15ふん話。

家事をしながら、点けっぱなしのテレビ。

受信料をとられているのに、見ないと損だというビンボー性から、ついNHKを見る。

ニュースもワイドショーも民放ほどうるさくなく、ちょうどいいのだが、あいだにあって困るのが朝ドラだ。

飽きられない工夫か、15分の短い中に泣いたり怒ったり、人物の感情の起伏が著しく、やかましくってしょうがない。

こちとら、朝っぱらから感動などしたくない。

チャンネルを変えても、民放はどれも似たり寄ったりの、ネット映像の借り物ばかり。

かといって、わざわざDVDだの録画だのを見るほどでもない。うっかり熱中して、テレビ体操を見過ごしたら大変だ。

15分という、短いような、長いような時間が、けっこうな曲者なのである。

さいきんは、朝ドラの15分だけテレビの音を消し、ワイドショーが始まったら戻す、ということをやっている。

なんだかばかばかしい気もするが、しかたがない。

おちょやん
(今回は大阪が舞台なのもやかましさの一因)



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てれびじょん | コメント(6) | トラックバック(0) | 2021/03/05 11:30

ようふく話。

今でこそ既製服はサイズもデザインも豊富だが、50年ほど前は違った。

既製服は「ツルシ」とか「ぶらさがり」とバカにされており、男も女も、お洋服はオーダーしたものなのだ。

誂えるほどでもない普段着は、家で、お母さんが作る。子供服、夏の簡単服、冬のセーター。

イモートと並んで立ち、寸法をとられた次の日、学校から帰って、だだだ…とミシンを踏む音が聞こえると、また新しい服だ、と心が弾んだ。

母は色彩感覚もデザインセンスもいい。小学校で周囲を見回しても、私たちみたいな服を着てる子は他にいなかった。

海水浴には、背中が大きく開いて、鳩目穴にリボンを通して結ぶ、オレンジ色のサンドレス。

胸元にスモッキングとピンクのバラの刺繍のあるワンピースはピアノの発表会に着た。

スカイブルーのAラインのコートには、襟に白いラビットファーがついている。

幼いころからそんなお洋服を着ていた私は、洋服の趣味が良い。

いつも自信満々、一瞥、これしかない!と選んだ服は、子どもたちによく似合って、どこに行っても必ず褒められた。

ただし子供の服に関してだけで、大人になった自分に関しては全然だ。

毎日毎日、今日という日にいったい何を着たらいいのか、途方に暮れた挙句、けっきょくもっとも適さない服を着ている気がする。

オシャレな店に行っても、あふれかえる中から、どれを買っていいのやら、見当もつかない。

黙っていても似合う服を作ってもらえた昔が懐かしいが、今の母にねだっても

最近は既製服が安くていいわねぇ~!

もう、洋裁なんて、やりゃーしないのだ。

ふるいみしん



本日3月4日はミシンの日につき、2014年5月28日の記事に加筆掲載いたします。



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むかしむかし | コメント(4) | トラックバック(0) | 2021/03/04 11:30

もーもー話。

私とイモートのために、実家の両親が飾ってくれたのは、木目込みの小ぶりなお雛さま

ころんと丸くて、童形のお内裏様と、三人官女に五人囃子、随身と仕丁の15人が、茶箪笥ほどのガラスケースにおさまっている。

昔は雛祭りに、女の子同士おうちに呼んだり、呼ばれたりしたので、お友だちのお雛さまがどんな風か、みんな知っていた。

仲良しのミッコちゃんのお雛さまは段飾り

お人形ひとりひとりが大きくて、面長のオトナ顔なのは怖かったけれど、とりわけ私が惹きつけられたのはお道具である。

うちのお雛さまにも、ひし餅やぼんぼり、お神酒徳利はついていたが、ミッコちゃんの段飾りの、下段にずらりと並ぶお道具には及びもつかない。

中でも漆塗りの鏡台やお針箱は素晴らしかった。

ひきだしが開くんだよ ほら…

おばさんの目を盗んで、箪笥をそっと開けてみせてくれたことなど、忘れられない。

いくつかの疑問点もあった。今も昔も、些細なことが気になる私は

重箱に比べて 乗り物が小さいよね…

持ち主のミッコちゃんにはもちろん言わないが、そんなことを考えていた。

十二単でふくらまったお雛さまは、頭を突っ込むのがせいぜいであろう、ちっちゃい駕籠。

さらに不可解なのは

ぎっしゃ

牛車である。

このウシちっちゃくない?お雛さまがミッコちゃんとして ミミくらいの大きさだよね…

ミミはミッコちゃんの愛犬マルチーズである。

縮尺ということをじっくり考えたのは、あれが初めてだったかもしれない。



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むかしむかし | コメント(10) | トラックバック(0) | 2021/03/03 11:30

そつぎょう話。

坂道を降りてくる、高校生たち。

すれ違った制服の胸元に、リボンの花がついている。

ああ、今日卒業式だったんだ。

時節柄、在校生の出席もなく、来賓も保護者も制限したのだろう、帰る人波は、通常の下校風景とさして変わらないようにみえた。

この学校は、少子化による県立高校の統廃合で、来春には無くなってしまう。

反対運動もあったようだが、奏功しなかった。

式典の華やかさより、終わりの寂しさを覚えるのは、それを知っているせいかもしれない。

卒業して間もなく、母校が消えてしまうのだな、なんて思いながら、彼ら彼女らを眺めていると

…しゅぽん!

キャハハハ…!

ドッと笑い声が起こった。

卒業証書を納めた、黒い紙筒のフタを、1人が開けてみた、その音がおかしかったらしい。

…しゅぽん!

しゅぽん! しゅぽん!

他の子たちも、めいめいに自分の筒を開けては、その音にゲラゲラ笑っている。

やっぱり若者は、笑っているのがいい。

母校が…コロナで…、勝手に気の毒がってる、大人のおせっかいなんか、蹴飛ばしてしまえ。

振り向かず、新しい場所に行けばいい。

ジジイババアになるまでは、こんなところに戻ってくるなよ!

卒業おめでとう。

かんなとみなみ



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ごきんじょ | コメント(14) | トラックバック(0) | 2021/03/02 11:30
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