ヒメギミ本。
暑さのせいか珍しく寝つけなくて、書架から福永武彦訳の「今昔物語」を手にした。
千話をこえる原典の本朝の部より、作家が撰んだ百話あまりの現代語訳である。
適当に開いたところから読み始めて、ふと、あの話が載ってないな、と思う。
六の宮の姫君。
そういえば、五位の入道、あの話も無いな、と思った。
2つはいずれも芥川龍之介によって翻案されている。福永はそれを意識して省いたのかと思ったが、これらよりよほど有名な「鼻」「芋粥」の2つは、ちゃんと撰ばれているから、たんに好みではなかったということだろう。
六の宮と五位を同時に思い起こしたのには理由がある。

(「六の宮の姫君」北村薫 創元推理文庫)
この本のせいだ。
日常の謎を解き明かす、女子大生の「私」と落語家「円紫師匠」の人気シリーズの中の1冊。
彼らがここで解く謎は、芥川の「六の宮の姫君」はいかに書かれたか、そのことである。初めて読んだ時、こんなこともミステリ(それも、面白いミステリ)になるのか、と驚いた。
無粋な種明かしは避けるが、一読退屈しそうな文学史の問題を楽しく読ませるのは、登場人物の魅力的な造形だ。
中でもヒロインがいい。
知的でありながら、他者への優しさと共感に富み、落語のユーモアや随筆のウイットを愛し、少年のようにきゃしゃで清楚で、恋には奥手な女子大生。
首都圏の私立大学の文学部(おそらく早稲田の一文)所属という設定だが、こんな女子大生、およそ実在すると思えない。
「六の宮の姫君」は今昔物語のエピソードであり、また芥川の小説であり、同時にこの作品でもあるわけだが、読者はそのイメージをヒロイン「私」に重ねずにいられないだろう。
なよなよとたよりない中世の姫君と、自立を目指す現代の女子大生は、もちろん異なる。
しかし言葉のイメージというものは面白いもので、主人公のイラストレーションに題字が添えてあると、まるでこの女の子こそが姫君であるかのようなのだ。
それは決してミスリードではなく、ヒロインはこの作者にとって、いつまでも御簾のかなたにいてほしい姫君なのだ、と思う。
今日7月24日は、河童忌である。

(あくたがわ りゅうのすけ 1892.3.1 - 1927.7.24)

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千話をこえる原典の本朝の部より、作家が撰んだ百話あまりの現代語訳である。
適当に開いたところから読み始めて、ふと、あの話が載ってないな、と思う。
六の宮の姫君。
そういえば、五位の入道、あの話も無いな、と思った。
2つはいずれも芥川龍之介によって翻案されている。福永はそれを意識して省いたのかと思ったが、これらよりよほど有名な「鼻」「芋粥」の2つは、ちゃんと撰ばれているから、たんに好みではなかったということだろう。
六の宮と五位を同時に思い起こしたのには理由がある。

(「六の宮の姫君」北村薫 創元推理文庫)
この本のせいだ。
日常の謎を解き明かす、女子大生の「私」と落語家「円紫師匠」の人気シリーズの中の1冊。
彼らがここで解く謎は、芥川の「六の宮の姫君」はいかに書かれたか、そのことである。初めて読んだ時、こんなこともミステリ(それも、面白いミステリ)になるのか、と驚いた。
無粋な種明かしは避けるが、一読退屈しそうな文学史の問題を楽しく読ませるのは、登場人物の魅力的な造形だ。
中でもヒロインがいい。
知的でありながら、他者への優しさと共感に富み、落語のユーモアや随筆のウイットを愛し、少年のようにきゃしゃで清楚で、恋には奥手な女子大生。
首都圏の私立大学の文学部(おそらく早稲田の一文)所属という設定だが、こんな女子大生、およそ実在すると思えない。
「六の宮の姫君」は今昔物語のエピソードであり、また芥川の小説であり、同時にこの作品でもあるわけだが、読者はそのイメージをヒロイン「私」に重ねずにいられないだろう。
なよなよとたよりない中世の姫君と、自立を目指す現代の女子大生は、もちろん異なる。
しかし言葉のイメージというものは面白いもので、主人公のイラストレーションに題字が添えてあると、まるでこの女の子こそが姫君であるかのようなのだ。
それは決してミスリードではなく、ヒロインはこの作者にとって、いつまでも御簾のかなたにいてほしい姫君なのだ、と思う。
今日7月24日は、河童忌である。

(あくたがわ りゅうのすけ 1892.3.1 - 1927.7.24)

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著作を読んだだことがあります。
北村薫の「六の宮の姫君」、読んでみたいです。
>初めて読んだ時、こんなこともミステリ(それも、面白いミステリ)になるのか、と驚いた。
この、感覚、分かります。
松本清張の古代史を題材にした小説を読んだときそう思ったことを覚えています。
森博嗣の犀川創平と西之園萌絵のような感じかな?
あ、こちらは理系の大学院を舞台にしていますが。
それにしても「今昔物語」をお読みになるとは。
ぢょん様はやっぱり才女でいらっしゃる。
「伊勢物語」はお好きですか?
懐かしいです。
(個人的には正ちゃんが好きです)
北村薫が覆面作家だった頃、描写が細やかなので女性作家かもと予想しつつ、でもこんな女子大生は現実にはいないよな~とも思っていたので、男性(しかも子供が女の子!)と知って妙に納得したものでした。
>ヒロインはこの作者にとって、いつまでも御簾のかなたにいてほしい姫君なのだ、と思う。
というのは確かにありそうです。
検索してみたら、2015年に続編が出ているんですね。
読む気になれない私自身も、彼女には姫君のままでいてほしいのかもしれません(^^)
六の宮の姫君ですか、
日本文学が苦手なヨッシィーは途中で本を閉じました
北村薫のデビューかな『空飛ぶ馬』を読んで
日常の風景がミステリーになるとビックリしました
覆面作家シリーズも面白かったですね
ぢょんさんは、文学少女だったのですね
この本を取り上げて下さって、ありがとうございます。
松本清張の「或る『小倉日記』伝」なども、読んだ時に驚きました。知的探求の経路って興味深いものですよね。
今昔物語は短いお話なので眠い時に良いですよ。宇治拾遺物語などもお勧めです。
私は初めて読んだ時から、これはオジサンの作物とすぐ感じました。
男性はいざ知らず、若い女性の読者は薄々わかってたんじゃないかなあ。
それにしてもクマゴローみたいにヒゲの剃り跡の濃いご本人を見た時はちょっとショックでした。
覆面作家もかわいらしいお話でしたね。
娘に読ませたかったけど、あまり興味を示してくれませんでした。
菊池に関しては一応、推理に含まれる内容になるので、記事のほうでは伏せてみましたが、まったく同感です。
引用にある、睡眠薬を飲み過ぎて倒れた菊池が意識を取り戻した時、芥川が「甘い笑顔を近づけた」という、「眼中の人」の描写がステキで、つい探して読んでしまった私です。
眠れない夜に読む本は、セレクトが難しいですね。
面白すぎてはだめだし、つまらなくてもダメ。長すぎるよりは短編がいいです。
でもあれから10数年経ったから、またチャレンジしてみようかしらん。
コメントありがとうございます。
北村薫ファンでいらしたんですね。「六の宮…」は他のシリーズと違って長編だし、たしかにちょっと退屈かもしれませんね。
読み返してもし面白かったら、ステキですね。