fc2ブログ

ニッキノ本。

青葉に陽光が注ぐころ、ふと読み返したくなる本がある。

これは山の日記です。

という一文ではじまる、12年間の主婦の日記。

ふじにっき

都会暮らしの作家が、富士山の中腹に建てた山の家。

東京と富士山を往復する生活を始めた夫婦の、山での生活の記録だ。

別荘地開発、高速道路の建設、マイカーの普及など、高度成長に向かう日本の変化が、インテリ一家の、ハイカラな生活を可能にした。

立派なことが書いてあるわけではない。

朝 ごはん かき玉みょうが汁 茄子炒め コンビーフ。
昼 手打ちうどん(豚肉入り)
夜 ごはん サンマ さといも甘煮 がんもどき。

河口湖の酒屋で 食パン三十五円 うどん六玉九十円 あぶらげ二十円 豚肉二百円。
スタンドで ガソリン十二.八リットル七百三十円。


家計簿のような記入の間に、出会う人々、山荘を彩る木や花、訪れる動物の、みずみずしい印象がつづられる。

執筆に苦しみ内にこもり、健康を害する夫を気遣いつつも、腰軽く動いて生活を切り回す、有能な主婦の暮らしぶりは頼もしい。

しかし、この本を魅力的にしているのは、そんな生活の楽しさだけではない。

生き生きと食べ、飲み、泳ぎ、運転する彼女を、離れないのは死の影である。

街からは、知人友人の訃報が届く。

戸袋にかけた巣で鳥の仔が死に、冬の台所ではネズミが死に、かわいがった犬が死ぬ。

猟犬を連れた狩人や、自衛隊の演習場の銃声。

暗い死の裏打があってこそ生が輝く。戦争を知る世代の筆者にはその実感が備わっているのだ。

この日記が結ばれた数日後、彼女にとって大きな存在であった夫が亡くなる。

死に遅れた妻は、喪失の悲しみとともに、その制約を離れたようにも見えた。

1人になって、独特の書き手として生きた、武田百合子が死んで、もう25年になる。

初夏の似合う、人だった。

たけだゆりこ
(武田百合子 1925.9.25 - 1993.5.27)



にほんブログ村 その他生活ブログ ちょっといい話へ
にほんブログ村


日記・雑談ランキング

スポンサーサイト



ブックガイド | コメント(4) | トラックバック(0) | 2018/05/27 11:30
コメント
No title
本を読んでいないので、わかりませんが、人には様々な生き方があるんですね。
良くテレビで、定年後田舎暮らし・・なんて夢のような内容ですが、失敗した人のことは何も放映されません。
やはり年をとったら便利な都会暮らしが一番だと思います。
病院、買い物など近くないと・・・
武田百合子
聞いたことがあるようなないような。
冨士日記。
なぜか、凄く魅かれました。
こりゃ、読まなくっちゃ。

>昼 手打ちうどん(豚肉入り)
 驚きました。
 うどんと豚の組み合わせの発想は私にはない。

>スタンドで ガソリン十二.八リットル七百三十円。
 え?
 1リットル≒57円
 そ、そんなに安かった?
Re: No title
Carlos様

田舎暮らしの番組、時々見ています。

夫唱婦随(婦唱夫随、も?)で移住したものの、熱心でなかった方はどう思っているのかなーなんて、意地悪かしら。
Re: 武田百合子
rockin'様

昭和40年代の話なんで、モノの値段はずいぶん違いますね。

細かくチェックしてみたらそれも面白いかも。

管理者のみに表示