あとむの話。
生まれた時からテレビがあった。当然の報いとしてテレビっ子である。
大人になって多少は落ち着いたが、子供の頃は文字通り、テレビにかじりついていた。
テレビがついていれば、他のものは見えないし、音も聞こえない。
あの集中力の半分でも、今あればと思う。
ゴハンよの声も聞こえないほどテレビに熱中していると、ため息交じりの母によく言われた。
まったくアンタは 小っちゃい頃から…
続きは聞かなくても分かっている。
マンガばっかり見て キャーキャー喜んで…
母親って、なぜああも同じことを何度も何度も言うのだろうか。
あーとむちゃ、あーとむちゃって…
「あーとむちゃ」とはむろん、鉄腕アトムである。
テレビアニメ放映の開始と同時に、口も回らない頃からアトムを見ていた私。
言わばテレビとマンガの早期教育である。
ケロヨンの椅子に座らせたのも、テレビを点けたのも、ブツブツ言っている当の母であり、あとになって文句を言うのはおかしい。
テレビやマンガが子供の健全な発育を害するといった論調も、今は昔。
白黒のアトムを見て育ったことは、自慢にしてもいいんじゃないか、と思う。
今日は手塚治虫、生誕90年。

(→手塚治虫オフィシャルサイト)

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大人になって多少は落ち着いたが、子供の頃は文字通り、テレビにかじりついていた。
テレビがついていれば、他のものは見えないし、音も聞こえない。
あの集中力の半分でも、今あればと思う。
ゴハンよの声も聞こえないほどテレビに熱中していると、ため息交じりの母によく言われた。
まったくアンタは 小っちゃい頃から…
続きは聞かなくても分かっている。
マンガばっかり見て キャーキャー喜んで…
母親って、なぜああも同じことを何度も何度も言うのだろうか。
あーとむちゃ、あーとむちゃって…
「あーとむちゃ」とはむろん、鉄腕アトムである。
テレビアニメ放映の開始と同時に、口も回らない頃からアトムを見ていた私。
言わばテレビとマンガの早期教育である。
ケロヨンの椅子に座らせたのも、テレビを点けたのも、ブツブツ言っている当の母であり、あとになって文句を言うのはおかしい。
テレビやマンガが子供の健全な発育を害するといった論調も、今は昔。
白黒のアトムを見て育ったことは、自慢にしてもいいんじゃないか、と思う。
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でも損のころからテレビがあったなんてお金持ちだったんですね。
私の子供のころは近所のテレビのある家に行って見せてもらってました。
そのころは力道山の活躍していたころのプロレスでしたが。
数え切れないくらい読み返しました。
そしていつも「腕」が難しい字だと思っておりました。
子供が小さいとき、鉄腕アトムを「誰も金腕(かなわん)アトム」と教え込んでいました。
アトムのシール集めてました。
フリカケは…母が買ってくれなかったので見たことないかなあ。
ガムの包み紙が、こすって貼るエイトマンのシールになってたのは覚えています。
うちはまあ中流家庭の典型でしょう。
力道山の時代にテレビがあったらそれはお金持ちでしょうけれども、東京オリンピックの後ですから。時代の流れですね。
昔の本は子供向けでも漢字がじゃんじゃん使ってありましたね。
その代わり、全部にルビがふってありました。
あれで字を覚えたと思います。
一家団欒の中心にはテレビが有りました
午後6時から7時はアニメのゴールデンタイム
曜日毎の番組表も頭に入っていました
鉄腕アトム
ジャングル大帝
白黒でも生き生きと動いていたのは
今でも思い浮かべる事が出来ます
現在のアニメーションの礎である事は間違いないし
リアルタイムで見た事は自慢出来ると思います
どんな番組が映ってたかまでは覚えてないのですが・・・
そんなテレビに初めてアニメを乗せた手塚治虫は
やっぱりすごいですね。
それにしても今の子どもはやがてパソコンっ子だった
とかスマホっ子だったとか振り返るんですかね・・・
そうそう、○曜の○時は何、と、全部頭に入っていましたね!
白黒でもちっとも不自然に思いませんでしたが、テレビがカラーになった時、また新しい世界が開けたようで、あの驚きは今もハッキリした記憶です。
今の子供は、技術の進歩で私たちのように目覚ましい思いをすることは、もう無いかもしれませんね。
ちょっとかわいそうかも…。