おじぞう話。
とある会合の帰り、住宅街の中を通っていたら、にぎやかな子供の声がする。
何気なく角を曲がってみたら、辻にやぐらが組まれ、赤や青の提灯が下がっていた。
ああ、地蔵盆だ。そうか、そんな時期なんだ。
地蔵盆は、地蔵信仰の盛んだった京都を中心とする関西の習慣で、地蔵菩薩のご縁日をお祭りするもの。
周りに下げる提灯は、各家庭で子供が生まれると、子供の名入りでこしらえる。

(裏の空いたところに子供の名前を入れる)
早めにお風呂に入れてもらい、首筋に天花粉をはたいて、浴衣に着替える。
妹と手をつないで、辻のお地蔵様まで。小さなお地蔵様が、この日ばかりは幔幕やちょうちんで目覚ましく飾られてうれしそうだ。
母に持たされたお供えを町会のおじさんに渡して、お地蔵さまの前に敷かれたござに座る。
下がっている提灯の中から、自分や妹の名前を探しているうちに、次々とお友達が集まって、お経が始まる。
心得のある町会の役員さんが、ゴルフシャツなんか着たまま、お経を読むのがおかしくて、友達とつつきあって笑ったりする。
それでも神妙に手を合わせておがんだら、お待ちかねの、袋に詰めたお菓子が配られる。
母が妙に厳しくて、買い食い禁止だったので、地蔵盆は駄菓子を食べる唯一のチャンス。
どれから食べようか迷って迷って、一日一個、と自分で決め、惜しみ惜しみ食べるのだ。
最近は、町会行事もうるさがられることが多くなり、地蔵盆が廃れた地区も少なくないらしい。
刺激の多い今の子供には退屈な行事だろう、と勝手に決めていたが、今日出っくわした地蔵盆はなかなかに盛況だ。
しばらくぼうっと立ってその光景を眺めていたが、夕方の風に吹かれて、ハッと我に返った。
もうすぐ、夏が終わる。

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何気なく角を曲がってみたら、辻にやぐらが組まれ、赤や青の提灯が下がっていた。
ああ、地蔵盆だ。そうか、そんな時期なんだ。
地蔵盆は、地蔵信仰の盛んだった京都を中心とする関西の習慣で、地蔵菩薩のご縁日をお祭りするもの。
周りに下げる提灯は、各家庭で子供が生まれると、子供の名入りでこしらえる。

(裏の空いたところに子供の名前を入れる)
早めにお風呂に入れてもらい、首筋に天花粉をはたいて、浴衣に着替える。
妹と手をつないで、辻のお地蔵様まで。小さなお地蔵様が、この日ばかりは幔幕やちょうちんで目覚ましく飾られてうれしそうだ。
母に持たされたお供えを町会のおじさんに渡して、お地蔵さまの前に敷かれたござに座る。
下がっている提灯の中から、自分や妹の名前を探しているうちに、次々とお友達が集まって、お経が始まる。
心得のある町会の役員さんが、ゴルフシャツなんか着たまま、お経を読むのがおかしくて、友達とつつきあって笑ったりする。
それでも神妙に手を合わせておがんだら、お待ちかねの、袋に詰めたお菓子が配られる。
母が妙に厳しくて、買い食い禁止だったので、地蔵盆は駄菓子を食べる唯一のチャンス。
どれから食べようか迷って迷って、一日一個、と自分で決め、惜しみ惜しみ食べるのだ。
最近は、町会行事もうるさがられることが多くなり、地蔵盆が廃れた地区も少なくないらしい。
刺激の多い今の子供には退屈な行事だろう、と勝手に決めていたが、今日出っくわした地蔵盆はなかなかに盛況だ。
しばらくぼうっと立ってその光景を眺めていたが、夕方の風に吹かれて、ハッと我に返った。
もうすぐ、夏が終わる。

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なんか、、、ふっと風が通り過ぎていくような。。。
この辺では、(地蔵盆)と言う言葉さえ無い、行事ですよ。
その場の空気感まで感じられる。
いやはや、おみそれしました。
地蔵盆というんですか~
子供のころはお祭りとかお盆が楽しみでした。
おこずかいをもらって、駄菓子を買うのが楽しみでした。
今の子はそんな素朴なお祭りは退屈なんでしょうかね~
昔がなつかしいですね。(年を取ると・・・・)
暑い夏も終わり…少し寂しいですね( -_-)
風流ですね~~!
そして、文章力が俊逸ですね。
何か、本の「ミニエッセー」を読ましていただいた
気分です。ほっこり情報、有難う御座いました。
お地蔵様と呼んでいますが。
子供頃はこれが終わると夏休みが終了する時期だったので、夏の終わりを意味していました。
今は日にち(たしか24日)ではなく、大人の都合で、日曜日にやるし、夏休みも長くなったので、感傷的ではなくなりましたが・・・。
ぢょん・でんばあ様の地蔵盆レポートを読んでその内容がよくわかりさました。
お経を聞くんですね。
いい行事です。
残して欲しいです。
夏は終わりに近づいています。
少し寂しいな。
懐かしいです。子供の頃は、あちこちにお地蔵様がいらした。ですから、地蔵盆も多かったです。直接参加した事は、無かったのですが良い風景ですよね。
ご近所とのふれあいだっておるし、今住んでる所では、お地蔵様身らけません。
懐かしい思いでに浸っております。ありがとうございます。
近畿では、歴史的にお地蔵さんの信仰が篤かったのだそうです。
東北では庚申さま信仰があるらしいですね。
小さな国なのに、これだけ多様な文化があることはとても豊かだと思います。
あわわ…褒め過ぎですよう!
私の文章に少しでもいいところがあるとしたら、それは読み手のかたの力でもあると思います。
old comber様のような読み手を得ることができて、私は幸せ者です。
私が見たその地蔵盆ですが、子供たちが集まってけっこう楽しそうにはしゃいでいました。
今の子は、今の子は、と、あんまり悲観することないかもしれませんね。
確かに町会の活動などは、面倒でうるさいなあと思う気持ちも分かるのですが、すっぱり無くしてしまえというのもまた違う気がしますね。
地域の紐帯が弱まっていることは、気楽のようでもあり、心細くもあり…。
はじめまして~。
さまざまな問題を世に問う西城さまのブログとは違い、誰の足しにもならないこういうことばかり書いておりますが、面白がってくださったのなら、よかったです。
文章をほめていただけるのは、嬉しいです!
調べてみると、新暦の日にちでやってらっしゃるところなどもあり、まちまちですね。
私の行っていたところも、町会の行事だったので、子供心にも結構いい加減だった記憶があります。
うちの地元の地蔵盆は町会の行事でしたが、お寺がやってらっしゃるところでは、大きな数珠を出してきて、みんなでグルグル回す≪数珠回し≫とか、ちゃんと由来のある式次第があるみたいですよ。
うちの町内はお寺がなかったので、お経を読むのも町会のオッチャンだし、気楽なもんでした。
夏の終わり、ちょっと寂しいですね。
このあたりでも古くからの住宅地では、町会でお花やお水を替える当番があったり、わりにちゃんとお地蔵様をお祭りしているところが多いようです。
今のうちは新興住宅地なので、そもそもお地蔵さまがありません。
つまんないものですね。